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死者に「更衣」した大勢の若者たち〜仮装が持つ“本当の意味”とは?

ハロウィンの夜、渋谷を歩く

ハロウィンの起源と日本での大流行

10月31日の夜、ハロウィンを見物に渋谷に出かけた。

今年のハロウィンは10月29日と30日が土日にあたり、本来のハロウィンである31日が月曜日だったため、人出が分散したらしい。私たちは午後5時半頃から8時過ぎまで、仮装した若者たちを観察したが、それでも大変な人混みだった。

渋谷駅の西側一帯、道玄坂、東急本店通り、渋谷センター街をメインストリート(メイン会場?)に、入り組んだ脇道や細道、ゆるやかな傾斜を回りながら、死神や魔女や怪物、囚人やポリスやナースの仮装を追った。渋谷の街路のつながりや地形の特性も、格好の舞台であるように感じた。

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ハロウィンはもともとアイルランド(ケルト)の伝統社会で、祖先や死者の霊を供養する節句、「万霊節=サウィン」だった。サウィンは日本のお盆や大晦日にあたり、この世とあの世の境目が破れて祖霊が蘇る10月31日の夜半が、「新年」の始まりだったのである。

死者に仮装した子どもが、家々を回ってお菓子をねだる「トリック・オア・トリート!(お菓子をくれないと、いたずらするぞ)」も、無為な1年を過ごしてきた大人たちに、子どもたちが霊魂の代理人として、「明日からの1年を大切に暮らせるか」と問いかける意味がある。

日本では、1970年代からキデイランド原宿店でハロウィン・グッズの販売に力を入れるようになり、1983年(昭和58)10月にはハロウィン・パレードを企画し、一般客に参加を呼びかけた。第1回の参加者には外国人を中心に、約100名が歩行者天国の表参道を練り歩いたという。

テーマパークでは1992年(平成4)に東京都世田谷区の二子玉川にあったナムコ・ワンダーエッグでのハロウィンイベントが最初で、開園1年目から閉園となった2000年まで毎年行われていた。東京ディズニーリゾートの「ディズニー・ハロウィーン」は、1997年に始まったものである。

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カボチャとカブと大根

ハロウィンのアイコンともいうべき、カボチャのロウソク立て「ジャック・オ・ランタン」は、近年は日本でも、10月に入ると店頭に吊るされ、飾られ、お菓子や食品のパッケージに広く利用されている。

善霊を引き寄せ、悪霊達を遠ざけるといわれているランタンの由来は、次のようなものである。

ジャックという男が死んだが、自堕落な人生を送ってきたため、死後の世界に魂の立ち入りを拒まれた。そこでジャックは、悪魔からもらった石炭の火を、カブをくり抜いたランタンに灯して、さまよい続けた……。

カブでできたランタンは、風習がアメリカに伝わると、アイルランド移民の生産するカボチャに変わった。(スコットランドでは現在もカブを使っている)。

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カボチャが日本に入ってきたのは、1542年(天文11)にポルトガル人が種子島に漂着した際、鉄砲とともにカンボジアから持ち込まれたといい、「カボチャ」の名前は「カンボジア」が訛ったものだといわれる。

江戸時代末期に出版された『新板化物づくし』には、目・鼻・口がついた南瓜(カボチャ)の化物が人を襲ったり、逆さになった身が顔、蔓が手足のようにうねっている絵柄のカボチャの化物が収載されている。また『小倉擬百人一首』には、破れ提灯とかぼちゃの蔓が手を前に垂らした幽霊を思わせる、歌川国芳による絵がある。

日本の民俗社会で年の節目を画する行事は、正月や小正月、あるいは「事八日」と呼ばれる12月8日や2月8日に行われることが多い。そんなかでハロウィンと比較的近い時期に行われる民間行事に、旧暦の10月10日の「十日夜(とおかんや)」がある(今年は新暦11月9日)。

この日の夜、子どもたちが「十日夜の藁鉄砲、夕飯食ってぶったたけ」と歌いながら、藁を巻いてこしらえた鉄砲で地面を叩いて回る。

藁鉄砲の音を聞いて畑から大根が抜け出すともいい、また「大根の年取」といって「この日まで大根を取らない」「この日は大根畑に入らない」「二股大根を供える」といった伝承が広がり、純白で保存食としても有用な大根の収穫祭でもあった。

「十日夜」に子どもたちは、家々を回ってお礼を貰う。こうした「おねだり」を伴うのもハロウィンと似ている。