Photo by iStock
不正・事件・犯罪 文学

犯罪を描くということ〜事件の「深奥」に迫る二つのアプローチ

『犯罪小説集』刊行記念特別対談

われわれが普段、毎日の報道で目にする様々な「事件」。

作家・吉田修一さんの最新作『犯罪小説集』は、そんな「事件」にインスピレーションを受けて紡がれました。

一方、ジャーナリストの清水潔さんは「事件」を現場で調査、報道し、真実を明らかにし続けてきました。

フィクションとノンフィクションの最前線を走ってきた二人が語り合ううちに「事件」に関わる者の共通点と相違点が見えてきました。

(構成:瀧井朝世)

事件現場に立ってみて

——吉田さんの新作『犯罪小説集』は色々な事件からインスピレーションを受けた作品集だそうですね。

吉田 編集者が作ってくれた事件のリストがあって、モデルにしたものもあれば、いくつかの事件からエッセンスを抜き出して組み上げたものもあったりします。

清水 確かに色々な事件が想起されますね。どれも現場に行って取材されたんですか。

撮影:ホンゴユウジ

吉田 全部は行っていないです。行かなきゃと思う場所と行かなくてもいいかなという場所があったんです。

清水 「青田Y字路」の、Y字路の杉の木や、錆(さ)びた看板の描写を読み、実際に行ったんだろうなと思いました。これは最後、杉の「視点」で書いているところがすごいですよね。

吉田 ちょっと格好つけて言うと、あの場所に行った時に、なんだか時間が見えた気がしたんです。ここで事件から何十年かの時間が流れたんだな、って。実は最初、全編杉の視点で書いて、後から書き直したんです。清水さんもノンフィクションを書かれる時に、何度も現地へ行かれるんでしょう?

清水 ものによりますが、まあ足利事件のようなものは100回くらい行きました。1日に朝夕2回行ったりしますから。

吉田 何回行っても「また行かなきゃ」と思うんですか。

清水 「あそこの公園の遊具の色は青だっけ、赤だっけ」と気になると「また行かなきゃ」となります。

吉田 僕、逆だったんです。現場に行った時、「一刻もはやくここから逃げなきゃ」って感じで。「怖い」というのとはまた別の感情だったんです。

清水 面白い感覚ですね。昔、若い新聞記者は「十取材して一書け」と教えられたんですよ。ちゃんと確認のとれた事実だけ書けということですね。週刊誌記者はもっと細かく書くから「百取材して十書け」となる。僕は週刊誌記者時代にすごく鍛えられましたね。

吉田 小説は「一の情報から十書け」と言われます(笑)。

 

追われる側の心理

清水 『犯罪小説集』で興味深かったのは、事件が起きるまでの過程が現在進行形で書かれていることです。

僕たちは事件が起きてから取材を始めるので、時間を遡る形で書くことになるわけです。「青田Y字路」で言うと、後半に火事が起きる場面がある。僕らの場合はあそこから取材をしていって、かつて少女の行方不明事件があったことを知ることになる。

でも吉田さんの場合、何もないところから始まって、あれよあれよという間に人が追い詰められて事件が起きる流れが書かれる。あの「あれよあれよ」感がすごいなと。

吉田 全然プロットを決めずに書くので、自分でもどうなるのかなと思いながら書いています。もちろん事件が起きることは決めていますけれど。

清水 え、じゃあ、「青田Y字路」で用水路で行方不明になった女の子を探す場面で、ある人物が狭いからと一緒にいる相手の腕をつかんだというくだり、あれが後々になって意味を持ってくるじゃないですか。ああいうのは……。

吉田 最初につかんだと書いた時は、何も考えていません。

清水 考えていなかったんですか!

吉田 ただ単純に動作として書いて、最後のほうを書く時にそのシーンを見返して「ああ、つかんでいたな」と思い、実はこういうことだった、と気づくんです。