企業・経営

破綻から1年で「黒転」。スカイマークになにがあったのか?

社長に直撃インタビュー
スカイマーク社長の市江正彦氏

'98年、羽田~福岡線で運航を開始したスカイマーク。JAL、ANAに続く第三極として、航空運賃の低価格化にも貢献した企業だ。その後、機材購入に関するトラブルからエアバス社に多額の違約金を請求され民事再生法適用を受けるなど、経営は一時的に混乱。

しかし日本政策投資銀行の市江正彦氏(56歳)が社長に就任すると、なんと1年で黒字化を果たし、同社は再び成長軌道に乗ろうとしている。その辣腕の秘訣を探った。

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工夫の積み重ねが再生につながる

茨城・神戸

いま意識しているのは「第三極」としての存在意義です。たとえば当社は、茨城空港、神戸空港発着便を多数運航しています。

大きな航空会社の便は少ない空港ですが、実は、非常に便利なのです。羽田や成田に比べ敷地が小さいから、すぐ乗れ、降りたらすぐ目的地へ向かえます。また、栃木県や埼玉県東部の方は、羽田に行くよりもアクセスが容易で、駐車場も無料。約600万もの人口を抱えるこのエリアを、当社は大きな市場とみています。

同様に、兵庫県や四国の一部の方は、関空や伊丹より神戸空港便を使うほうが便利です。このように、大企業二社が競合するより、価格もマーケティングも異なる一社が加わって競合したほうが業界は活性化すると考えています。

再生

当社は航空業界に価格破壊を起こした企業です。だからこそ民事再生法申請前は、安全面以外のコスト削減に注力していました。例えば、以前は客室乗務員が地上勤務を兼ねていましたが、私はこれを改めました。というのも、月に数回しか地上勤務をしない客室乗務員は、業務手順にも慣れることができず、結果的にサービスの低下を招くことになるからです。

また、座席の間隔も詰めず、大手航空会社のエコノミー席と同じ広さにしてあります。ではなぜ安いのかといえば、飛行機の機種をボーイング737に統一しているからです。

航空業界では、整備士の資格や操縦士の免許は機種ごとに必要です。だから、機種をひとつに絞れば、全員が保有機すべてを整備・操縦できて効率がいい。また、予備機や予備のエンジンも持ちやすく、定時出発率も高まります。企業の再生はすべて、このような工夫の積み重ねです。

 

三つ子の魂

私は福岡県豊前市の山奥で育ちました。父は終戦時、満州から何とか生き延びて帰り、地元で饅頭屋を開きました。でも商売はあまりうまくゆかず、家はずっと貧しかったのです。

私が日本政策投資銀行に入り、事業再生に携わったのは'00年代のこと。当時、エアドゥ、西武百貨店など、よい資産はあっても事業の継続が困難になっている企業がたくさんありました。しかしまだ「経営不振の企業にお金は貸せない」という考え方が一般的で出資できなかったのです。

そこで、リスクを多数の会社が分散して引き受ける、投資の新たな枠組みをつくりました。もしかしたら子どもの頃の貧しい体験が、「頑張る社員を路頭に迷わせてはいけない」という思いに繋がったのかもしれません。

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