野球
かっこよすぎる広島・黒田博樹「見事な引き際」の研究
かくも鮮烈な引退劇があっただろうか
〔PHOTO〕wikipedia

かくも鮮烈な引退劇が、あっただろうか。巨額オファーを蹴り、愛するファンの待つ古巣に帰ってきた男。若いチームを満身創痍で引っ張り、25年ぶりの栄冠を置き土産に、いま静かにマウンドを去る。

まだやれたのに

「どんなに体力的にキツくなっても、2ケタ勝つと『もう1年やれるかな』という気持ちが出てくるのがプロ野球選手です。今年も10勝した黒田が来年も現役を続ければ、まだ勝てたと思う。それでも辞める、ということは彼の美学なのでしょう」

2月の宮崎・日南キャンプで広島投手陣の臨時コーチをつとめたOBの安仁屋宗八氏(72歳)は、31歳も年下の黒田に、敬意を表する。

プロ野球王者を決める日本シリーズ。日本ハムとの一騎打ちで32年ぶりの日本一を目指す広島は、チームの大黒柱・黒田博樹(41歳)が、シリーズ開幕前の18日に突如、今季限りでの引退を表明した。

安仁屋氏が続ける。

「私も黒田に惚れ直した。男が男に惚れる、というのはまさにこういうことかな、と思います。黒田は『カープで優勝したい』と言って、メジャーから20億円の年俸を提示されているのに、'14年のオフに戻ってきて、25年ぶりのリーグ優勝に貢献して、日本シリーズ前に引退を表明する。彼しかできないことです」

安仁屋氏は、黒田が入団1年目の'97年、二軍監督だった。

「カープに入団してきた時はストレートとカーブしかない投手だったけど、気の強そうな顔だち、厳しい練習を課しても弱音を吐かないタフさを見て、将来のカープのエースになると思った」と期待した安仁屋氏は、黒田が中継ぎで1イニング10失点しても、マウンドから降ろさなかった。「お前を育てる」という、無言のメッセージだった。

そのことに恩義を感じている黒田が2月の日南キャンプで、安仁屋氏とじっくり話すチャンスがあったが、「空振り」していた。安仁屋氏も、残念そうに振り返る。

「実は、キャンプ中に『自分からはユニフォームを脱ぐなよ』ってことだけは伝えていました。1年でも長く現役を続ければ、何かのきっかけで活躍できる可能性がある。(選手を)いらんようになったら、会社は『いらん』というものです。今の(黒田の)給料は、サラリーマンになってしまったら、もらえる金額ではありませんから。

2月のキャンプのある晩、私は広島から来ていたお客さんと宿舎の外で会食していたのですが、黒田は僕が帰るのを待って、食堂で一緒に飲もうとしてくれていた。飲みほしたビールの空き缶を、タワーみたいに積んで待っていてくれたそうです。事前に黒田と約束をしていたわけではないので、黒田が待っていることを知る由もなく、結局、実現しませんでした。

個人的にはあと1年はやって欲しかった。今の若い選手が、黒田の背中を見て育ってきていて、来年のキャンプも一緒にやれば、もっと力を伸ばせると思ったから。もしあの時、一緒に飲んでいたらね……」

「示しがつかない」

黒田が引退を決断するにいたった理由も、いかにも黒田らしい。引退会見でこう明かした。

 

「今までは先発して完投して、というスタイルでやってきた。でも9回を投げることができない体でやっぱり、他の選手に対しての示しがつかない、という歯がゆさが、常にあった」

黒田は広島に入団後、'08年にメジャーのドジャースに移籍するまでの11年間で、完投数リーグ1位の年が6度もあり、「ミスター完投」の異名をとった。

メジャーで先発をやる場合、日本より間隔が短い中4日で登板しなければならず、ドジャース在籍時の'09年、右側頭部に打球を受けてから、首から右肩にかけて残る後遺症の痛みと戦ってきた。

今季も登板日以外は、練習開始の3時間前に球場入りして、右肩や足など痛みを感じる部分の治療やウォームアップをしてからでないと、思ったようには動かせない。首や肩に注射を打つ回数も次第に増え、まさに満身創痍で登板していた。