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25歳の青年が取締役に!? 「コーヒーハンター」はいかにして生まれたか

第16回ゲスト:川島良彰さん(前編)

大人の遊びを知り尽くした伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“男の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。第16回目となる今回は、株式会社ミカフェート代表取締役社長・川島良彰さんをお迎えした。「コーヒーハンター」の異名をとるこの男、いったい何者なのか――。

芳しい香りとともに始まるラテンタイム

島地 ……ん、う~ん。ふぅぅぅぅぅぅぅ。

日野 あの、毎回「おい、日野!」から始まるのがお約束なのに「ふぅぅぅぅ」ってなんですか。紅茶派の島地さんにしては珍しくコーヒーを飲んだりして。

島地 これはな、そのへんのチェーン店のコーヒーと一緒にするなよ。サロン・ド・シマジでも一杯2000円で出している最高級品で、その名も「グラン クリュ カフェ」。今日のゲスト、川島良彰さんのミカフェート自慢の逸品なんだ。

日野 一杯2000円! チェーン店しか知らないビンボー人には想像もできません。

島地 だと思って、今日は特別だぞ、お前にも用意してやったんだ。ほら。

日野 え! マジですか。ではさっそく……、んー、香りが違いますね。むぅぅぅ、そしてこの苦み。そのへんのチェーン店と比べて深みが……

島地 ぷっ、くくくっ。

日野 何がおかしいんですか。あ、もしや。

島地 バカ! それはただのインスタントコーヒーだよ。何が「深みが」だ。いろいろ飲み食いさせてやってるのに、いつになっても味音痴だなお前は。嘆かわしい。

日野 くーっ、信じた自分が浅はかでした。ところで、約束の時間はとっくに過ぎてるんですが、川島さん遅いですね。

島地 彼は生粋の日本人だけど、中南米暮らしが長くて「ホセ川島」とも呼ばれているんだ。ほれ、ラテン系はおおらかで、こまかなことは気にしないから、ちょっとくらい遅れるのは仕方ないだろう。さっき電話したら「時間を30分間違えてた」ということだったから、そろそろ来るんじゃないか。

日野 以前、大遅刻したカルロスも川島さんでしたよね、確か。(※詳しくは連載第9回を参照のこと

中南米に行くのが「運命」だと思っていた

川島 いや~、すいませ~ん! すっかり勘違いしてました。

島地 いやいや、忙しいところありがとう。ラテンタイムでこまかいことは気にしないでいきましょう。会うのはホセの還暦誕生日パーティー以来でしたかね。

川島 その節はありがとうございました。島地さんに会えるとは思ってなかったから、びっくりしましたよ。

日野 いきなりですが、川島さんはどうして「ホセ」なんですか?

川島 むかしエルサルバドルの大学に留学したとき、最初は「良彰」だから「Yoshi」と呼ばれてましたが、スペイン語の発音だと「ジョチ」となって彼らには呼びにくいらしいんですね。そこで友人の一人が「ジョチは日本人だけどコラソン(Corazon=心)はラテンだから、これからはホセと呼ぼう」と。

要は面倒だったんでしょうね。それで、向こうで一般的な「ホセ」にされたんですが、ウケがよかったので、そのままずっと「ホセ川島」で通しています。

島地 留学したのは何年ですか?

川島 1975年の1月でした。高校から特別許可をもらって、卒業式を待たずに日本を飛び出したんですね。留学といっても、大学で勉強する気はさらさらなくて、エルサルバドルでコーヒーの栽培技術を学ぶのが目的。一日も早く行きたかったんです。

島地 ホセのコーヒー愛は当時からなんですね。子供の頃は、コーヒーの香りのなかで育ったとか。

川島 後に小売りもやりますが、当時の実家はコーヒー焙煎卸業でした。倉庫にはコーヒー豆が入った麻袋が積まれていて、ブラジル、エルサルバドル、コロンビアなど、麻袋に印字されていた生産国に好奇心を刺激されました。

どんな国なんだろう? コーヒー豆はどうやってつくるんだろう? と。やがて「中南米に行くのは自分の運命だ」と思うようになって、留学の機会を虎視眈々とうかがっていたんです。