ライフ 日本

マインドフルネスと禅、その決定的な違いは何か?

同じ瞑想に見えても全然別物
松山 大耕

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)には「マインドフルネスセンター」という研究所もあります。

その創設所長であるジョン・カバットジン博士と、世界的な精神医学者・心理学者であるリチャード・デヴィッドソン博士がマインドフルネスに関する科学的な実験を行ったところ、バイオテクノロジー企業の従業員による実験では、わずか七週間マインドフルネスのトレーニングを受けただけで被験者たちの不安レベルがはっきりと下がったと報告されています。

被験者の脳の活動を電気的に測定すると、ポジティブな情動と関連する脳の部位の活動が大幅に上がったことが確認されました。それだけではなく、研究の終わり近くに被験者たちにインフルエンザの予防接種を受けてもらうと、トレーニングを受けなかった人たちよりもたくさんの抗体を生み出していたこともわかりました。

つまり、マインドフルネスによって、気持ちが落ち着いただけでなく、免疫機能が上がったことも科学的に示されたのです。

この他にも、マインドフルネスの効果についての研究は多くなされ、学術論文も多数書かれています。そして2014年にはアメリカの「タイム」誌で特集が組まれるほど、一般の人々の間でも注目度は高まっています。

日本でも、2013年には「日本マインドフルネス学会」が発足していますし、医学や心理学系の専門誌においても、マインドフルネスが特集されることはとても多くなっています。マインドフルネスが医学的に効果があることはすでに周知の事実となり、外来治療でマインドフルネスを取り入れる病院も出てきています。

MITのジョン・カバットジン博士が「信じなくても効く」と説くように、マインドフルネスは宗教という文脈からは切り離されたものになっています。

グーグルでは、マインドフルネスについて学び、実践するためのクラスが複数用意され、いまや5万人いる社員のうち5000人、じつに10人に1人が実践するほどになっていますが、同社でこの取り組みの牽引役となっているビル・ドウェイン氏は、宗教色をなくしたからこそこれだけ広く取り入れられるようになったのだと分析しています。

Photo by gettyimages

禅とマインドフルネスの違いは「ご利益」

しかしながら、もとは仏教に端を発するものであり、いまなお、一般に仏教の瞑想法と混同されることが多くあります。また日本では、マインドフルネスから逆に坐禅に興味を持つ人も増えていて、2015年には、お寺の坐禅会がかつてないほど人気になっているという報道も見られました。とりわけ、禅とマインドフルネスを同じものだと考えている人は少なくないと思われます。

私も、「マインドフルネスのこのような世界的な流行について、禅僧としてどう考えるのか」と問われたことがあります。また、この本の読者の方も、禅とマインドフルネスはどう違うのかについて興味のある方は多いと思います。

何しろ、マインドフルネスは名だたるグローバル企業で実践されていることが知られているからです。そこでここでは、その両者の違いについて、また私が思うことについて、私なりに説明します。

まず知っていただきたいのは、禅とマインドフルネスは、瞑想するということは同じであっても、本質が全く異なるということです。

 

マインドフルネスによって不安な気持ちが解消されたり、身体が健康になったりするというのは、とてもいいことだと思います。効果が科学的に証明されることも、多くの人が興味を持ち、実践してみようと思うきっかけになるので否定するつもりはありません。

ただ、効果があるからやろうというのは「ゲイン」の考え方になります。ここまで読まれた方には繰り返す必要はないと思いますが、禅はそのような考え方を採りません。つまり、一番根本にある瞑想する動機、目指すべき方向が、禅とは全く異なっているのです。