司法

最高裁がひそかに進める原発訴訟「封じ込め工作」の真相

日本の裁判所は「権力補完機構」なのか
瀬木 比呂志 プロフィール

報じないマスメディアの問題

ーー私も、原発には昔から関心をもっていて、原発訴訟についても断片的な情報はもっていたのですが、そこまで露骨な誘導が行われているとは恥ずかしながら知りませんでした。

福島第一原発事故後は原発行政に批判的な大手新聞社も、今おっしゃったようなところまで踏み込んだ報道は行っていませんね。もしも、多くの国民が、瀬木さんのおっしゃったような実態を知れば、黙ってはいないと思うのですが。

瀬木 残念ながら、僕の知る限りでは、少なくとも今では、大手新聞社やテレビの司法担当記者で最高裁に対して批判的な議論を息長く展開できるような気骨のある記者は、ほとんどいないのではないかと思わざるをえないですね。

たとえば、新聞の看板ではあるが実際に読む人は限られる社説では、原発の危険性を声高に、あるいはある程度詳しく論じている場合はあります。しかし、司法記者が行う社会面の報道では、おおむね裁判所の判決を淡々と報じ、型通りに解説するにとどまっています。

先ほどの高浜原発差止め仮処分取消し決定に関わった裁判官についての不可解な異動、過去の経歴などは、欧米のメディアなら、原発の始まった国であるアメリカでさえ、徹底的に暴き、叩いてゆくと思います。

しかし、日本では、ほとんど取り上げられていません。僕の発言、文章を除けば、一部の週刊誌、ネットメディアくらいだと思います。先のような裁判官たちの経歴は、「意見」ではなく、インターネット上でも容易に調べられる明らかな「事実」であるにもかかわらず、です。

なお、僕の文章は、果敢な有力地方紙、また、大全国紙関係では比較的自由なその周辺メディア上のものであって、かつ、あくまで、「学者、元判事である瀬木教授が書く」という形であって、直接の報道ではないですね。

もっとも、最高裁事務総局は、問われれば、「この裁判官たちの人事も定期の普通の異動であって、特段の意図はない」と答えるでしょう。そこに込められた主観的意図を「証明」することは難しい。しかし、少なくとも、「事実」を報道し、それに適切な「評価」を加えることはできるはずです。

だって、主観的意図の証明なんて、ニューヨーク・タイムズにだって、ル・モンドにだって、ガーディアン(イギリス。スノーデン報道で注目された比較的先鋭な自由主義紙)にだって、およそできっこないような種類の事柄ですよ。当たり前です。最高裁長官、事務総長、事務総局人事局長にインタビューして認めさせるくらいしか手段はないんだから(笑)。

しかし、だからといって、「書かない」という選択を、欧米の自由主義的新聞、中道派新聞が、採るでしょうか? 国民が最注目する裁判の担当についての先のような不自然な人事は、明らかにおかしい。報道機関には、その事実を広く知らしめる、国民、市民に対する「義務」、「責任」があるはずです。

残念ながら、日本のマスメディアの司法担当記者、より広くいえば報道部門の記者の多数派は、思考停止しているか、最高裁判所等の権力に対して大変遠慮して、自己規制をしているようにみえますね。そのことは、たとえばさっき挙げたような海外の3つのメディアとの比較でも明らかです。

なお、付け加えれば、僕は、この3つのメディアが手放しでいいなどとは全く思っていません。たとえば、ニューヨーク・タイムズには、近年、権力に寄り添うような方向の記事も、出てきていると思います。ただ、基本的な姿勢の違い、そうした意味での客観性や批判精神は、なお失っていないと思います。それが、ジャーナリズムの国際標準だと思います。

 

全国の裁判官への「警告」

ーー日本のマスメディアのあり方については、本当におっしゃるとおりだと思います。その問題点は、本書でも、フィクションという形ではありますが、これまた非常に的確に、かつ深く描かれていますね。

ところで、大飯原発差止め判決の樋口裁判長は、名古屋地裁に異動になったように記憶していますが、それでも、執念で、職務代行という形で、第一の高浜原発差止め仮処分決定を出しましたね。これは、相当に異例のことでは?

瀬木 異動は、名古屋地裁ではなく、名古屋家裁です。

そして、この異動は、この裁判長のこれまでの経歴を考えれば、非常に不自然です。地裁裁判長を続けるのが当然のところで、急に家裁に異動になっている。キャリアのこの時期に家裁に異動になる裁判官は、いわゆる「窓際」的な異動の場合が多いのです。また、そういう裁判官については、過去の経歴をみても、あまりぱっとしないことが多いのです。

しかし、樋口裁判長の場合には、そういう経歴ではなく、家裁人事は、「青天の霹靂(へきれき)」的な印象が強いものだと思います。

第一に地裁の裁判の現場から引き離す、第二に見せしめによる全国の裁判官たちへの警告、という2つの意図がうかがわれますね。

ただ、形としては、家裁とはいえ、近くの高裁所在地である名古屋の裁判長への異動ですから、露骨な左遷とまでは言い切りにくいものになっています。

こういうところが、裁判所当局のやり方の、大変「上手」なところだともいえます。また、彼の裁判が非常に注目されている状況で、あまりに露骨な左遷はできなかったという側面もあるでしょう。

ーーしかし、こうした圧迫によっても、この裁判長の決意は変わりませんでしたよね。その意味では、最高裁事務総局のコントロールは失敗したことになりませんか?