「グランブルー」へのフリーダイブは、宇宙遊泳と似ているのかもしれない

島地勝彦×篠宮龍三【第4回】

撮影:立木義浩

第3回【世界大会を沖縄に誘致した得難い経験

シマジ バンクーバーみたいな条件の悪いところで、いちばん深く潜って優勝した人は何メートルくらいだったんですか?

篠宮 そのときはたしか70メートルでした。

シマジ じゃあ、篠宮さんがブラックアウトしなかったら本当は優勝だったんだ。

篠宮 そうですね。自分は75メートルまで行きましたから。

シマジ ブラックアウトって実際どういう状態なんですか?

篠宮 海中から上がってきてすぐになってしまうんですが、完全に失神して意識がなくなります。

シマジ そうなった段階で失格になるんですね。

篠宮 失格です。海中から上げってきて、呼吸をした瞬間に倒れるケースが多いです。何度も痛い目にあって、スランプになったりして、これは死ぬんじゃないかなとか、そういう恐怖をいっぱい味わって、もうやめようかという思いも浮かんでくるんですけど、まだなにか出来るはずだと思ったりして、なんとかここまで死なずにやってこれました。

シマジ ブラックアウトしたまま、意識が戻らなくて死んだ人もいるんでしょうね。

篠宮 ですからちゃんとしたサポートとレスキューが出来ないとまずいですね。

シマジ 現場には医者もいるんですか?

篠宮 はい。試合のときは必ずお医者さんがいます。大きな大会になると医者が2人いて、救急車を待機させています。

シマジ なるほど。マイナーだけど、命がけのかなり危険なスポーツなんですね。

立木 ここの部屋が狭くておれはさっきから酸欠でブラックアウトしそうだから、もう帰るぞ。

シマジ タッチャン、明日の取材もよろしくお願いします。

立木 うん、生きていたらまた会おう。じゃあね。

シマジ フリーダイビングってホントに危ないんですね。

篠宮 本当に危ないスポーツだと思います。よくいままで死なずにやってこられたなと恐くなることがときどきあります。

シマジ それはあなたの持って生まれた強運ですよ。

篠宮 そういわれてみれば今日こうして先生に会えたのも強運かもしれません。

シマジ ありがとうございます。ところで篠宮さんは大学の探検部時代はなにをやられていたんですか?

篠宮 島探検ばかりやっていましたね。ですから海ばかり行っていましたね。おもに沖縄の離島ばかり探検していましたね。

シマジ 篠宮さんの沖縄好きはその頃からですか。学業の方ではなにを専攻していたんですか?

篠宮 専攻は機械工学でして、クルマのエンジンの燃焼効率とかそういうことをやっていました。

シマジ 工学部でしたら、就職は簡単だったでしょう。どんなところに入ったんですか?

篠宮 ぼくは浄水場の設計・施工をする会社に入って、そこで現場監督をしていました。作業服を着てヘルメットを被って、写真を撮ったりという仕事をしていました。ですから全国の浄水場を回っていたんですけど、4,5年経ったところで、やっぱりフリーダイビンの道に専念してみようと決心して会社を辞めました。25歳を過ぎると体力も少しずつ低下してくるので、「いましかない」と考えたんです。

シマジ 激しいスポーツですものね。フリーダイビングの場合はスキューバと違って誰かと一緒に潜ったりはしないんでしょう?

篠宮 はい。1人で潜ります。潜って行くと、青がどんどん深くなっていって、恐ろしいくらい深い青になっていくんですね。それをみているのが自分1人しかいないということを、誰かに伝えたいようでもあり、独占したいようでもある、なんともいえない心境になるんです。

シマジ それはいい表現ですね。

ヒノ ひょっとすると宇宙に行くのと似た感じですかね?

篠宮 そうかもしれません。たぶん似ていると思いますね。

末吉 さきほど、頭を使わず無になって潜ると仰っていましたけど、どういう感じで潜って行くんですか?

篠宮 ただただ無心がいちばんなんです。

ヒノ そうすると、潜っている最中はいちいち感動していられないんですね。

篠宮 実際、感動出来る余裕がないですね。あってもほんの一瞬だけです。その一瞬の感動を求めてまたもう1回、もう1回というように、どんどん深い青をみたくなっていくんです。