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作家・長嶋有が明かす「わが人生最高の10冊」

この世界から「踏みはずしてゆく」

小説の自由な世界に驚いた

順位じゃなく幼少期から読んだ順に挙げていくと、バイキング料理みたいにジャンルはバラバラになりますが、とにかく10代の頃はドストエフスキーとかのいわゆる文学はほぼ読みませんでした。貪り読んだものといえば『ドラえもん』『パタリロ!』『スヌーピー』など、漫画ばかりです。

コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』も、漫画「ドラえもん」の中でのび太が同作に感動する場面を見たのがきっかけで読んだんです。

ホームズの特色は、名推理が「事件」の前に展開されること。「青いガーネット」という話では、依頼人が持ち込んだ帽子から、暮らしぶりや性格、さらに「おそらく彼の部屋にはガスが引かれていない」とまで言い放ち、持ち主を断定する。「どうしてそこまで?」と不思議に思いますが、付着していた塵から分かる。

説明していて基礎的すぎて恥ずかしいけど、子供心に感心しました。漫画以外でよく読んだのは、ホームズですね。

次の『さむがりやのサンタ』も暗記するほど読みました。クリスマスの1日を描いた絵本で、絵の愛らしさから、主人公のサンタと友達になれるんじゃないかと思う読者もいるだろうけど、その実は「ヘンクツなサンタ」としたほうが正確な、もうケンモホロロという感じのジイさんなんです。

一仕事を終えて帰宅してからがすごい。こんなに働いたらすぐに寝ちゃうと思うんだけど、まずラジオを聴きながら七面鳥をオーブンに入れ、風呂に入浴剤を入れ、ビールを飲みつつ、本を開いて旅に思いを馳せる。労働をしつつ、自分の時間も持つサンタは「リア充」そのもの。これを語りだしたら止まらないです。

ずっと漫画とゲームにハマっていた僕が文章を書くようになったのは、ワープロがあったから。高校では図書局という部活に入ったんですが、そこで高橋源一郎の『ジョン・レノン対火星人』と出会った。

金子光晴や資本論という単語に混じってドラクエやパタリロなんかが出てくる。小説の世界は何を放り込んでもいいんだ、自由なんだと、文章を書く上で驚かされました。

物書きとして背中を押された

当時、図書局メンバーが読んでいたのは今でいうライトノベルで、僕もそう。そんな中で色川武大の『』を手にしたきっかけは覚えてないけど、印象に残っているのが「連笑」という短編。

主人公はずっと弟に劣等感と心配との相反する感情を抱いてる。その弟が真っ当になっていくのをつまらないと思い、結婚式で何か言いかけて、結局無難な言葉をかけてしまうんだけど、文学ってそういう瞬間、整理できないものを書くことじゃないかと感じ入って。

ボーダー』はコミックスですが、「いつだって目標まであと一歩というところで、足を引っ張るのは敵ではなくて必ず味方だった」という台詞を今でも暗誦できるくらい、一話一話が映画のようにカッコイイ。

その原作の狩撫麻礼が、かわぐちかいじと組んだ『ハード&ルーズ』の最終巻に主人公の探偵のインタビューが付いているんですが、好きな小説家を聞かれ「丸山健二」と答えている。それでまず読んだのが『正午なり』でした。

話の筋はすっかり忘れてしまったけど、丸山健二が何かで「小説家になるのに過去の文芸作品を読んでいないとなれないとかいうのはウソだ」みたいなことを語っていて、物書き志望として背中を押されたのを覚えています。

最後に挙げた大島弓子の『夏の夜の獏』という短編は、「ぼくはまるでガリバーのようだ」という吹き出しから始まるのがもう異様で。

作品内では、精神年齢のままに登場人物が描かれていて、主人公は小学生だけど精神年齢は20歳だから、学校の教室に「大人」が一人混じっているという浮いた存在だし、同居する祖母は「若い母親」、お母さんはチビッコで、祖父はヨチヨチ歩きの「赤ん坊」に見える。力の抜けた描線も相まって、こんな描き方もあるのかと衝撃を受けました。

大島弓子の特色は、離婚しそうな両親や援助交際をしようとする女の子が登場して、主人公がオロオロし、普通の漫画はそこでどうやって阻止するかを描くのに、ことごとく離婚したり援助交際して終わったりと、話の逸脱のさせ方がすごい。

これは10冊で挙げた筒井康隆やジョン・アーヴィング、丸山健二、狩撫麻礼にも言えることです。

10冊はバラバラのようで、どれもこの世界から「踏みはずしてゆく」という見方ができる。そういう点では、共通しているかもしれません。

(構成/朝山実)

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