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北の将軍様が映画監督と女優を「拉致」してまで映画作りに励んだワケ

政治と映画のアブない関係

北朝鮮映画、続々と上映される

前回の東京オリンピックが開かれる約1ヵ月前、北朝鮮を「労働者の楽園」と賛美する記録映画が東京で一般公開されていたことをご存知だろうか。

1964年8月末に封切りされた『チョンリマ(千里馬) 社会主義朝鮮の記録』がそれである。いまでは同国の「帰国事業」を後押ししたと批判され、知る人ぞ知る幻の映画となっている。

その『チョンリマ』が、今年10月、川崎市民ミュージアムで再上映された。開催中のアートギャラリー展示「ベスト・セレクション 世界旅行に出かけよう」の関連上映のひとつだという。そのきわどい選抜のセンスはともかく、またとない機会なので、さっそく会場に足を運んだ。

ときあたかも、北朝鮮関係では、『将軍様、あなたのために映画を撮ります』や『太陽の下で 真実の北朝鮮』など新作映画の公開も続いている。1960年代のプロパガンダ映画から、2010年代の批判的映画まで──。

流行りの娯楽作品も結構だが、以下ではこれらの映画を通じて、普段あまり意識されない政治と映画の関係について考えてみたい。

 

日本共産党と朝鮮労働党の蜜月関係

まず、最初に触れた『チョンリマ』から取り上げよう。

『チョンリマ』は、監督の宮島義勇ら約10名の日本人撮影班が1963年春に北朝鮮に渡り、10ヵ月かけて同国各地で社会主義建設の様子を撮影した記録映画であり、史上初の日朝合作映画である。

クレジットには、「製作・チョンリマ製作委員会、協力・朝鮮記録映画撮影所」と記されている。翌年8月末より東京の読売ホールで公開され、7万人以上を動員したという(『アカハタ』より)。

本作は、当時としてはまだ珍しいカラー作品であり、貴重な映像記録でもある。ここまで綺麗な1960年代の映像は、現地でも例がないかもしれない。なお、タイトルの「チョンリマ」とは、一日に千里を駆ける伝説上の馬で、北朝鮮では社会主義建設のシンボルとされている。

劇中では、平壌市内はもとより、地方の農村や保養所の様子まで映し出される。炎を吹き上げる鉄工所。無償とされる病院、学校、住居などの施設。北朝鮮のひとびとは、判で押したように自国を「労働者の楽園」と称える。その表情はみな明るい。なかには、「帰国事業」でやってきた在日朝鮮人もおり、たどたどしい日本語でインタビューに応えるシーンもある。

そのほか、建国の父である金日成や、彼を称えるパレードなども見える。そして最後に、韓国や日本に駐留する米軍を侵略者として名指しし、「朝鮮は朝鮮人のものだ!」などと絶叫して、幕が引かれる。

いうまでもなく、『チョンリマ』は典型的なプロパガンダ映画だ。北朝鮮側は本作を自国のアピールに利用しようとし、たびたびシナリオや撮影対象に口出ししてきたという(宮島の日誌より)。労働者たちのセリフも、あらかじめ用意されていたのだろう。

その一方で、日本側のスタッフも決して中立的ではなかった。宮島はこのとき日本共産党員であり、製作委員会の主要なメンバーである大村英之助や、ぬやま・ひろし(西沢隆二)らもまたそうであった。当時、日本共産党と朝鮮労働党の関係は蜜月であり、そのおかげで、北朝鮮での映画撮影という異例中の異例が可能になったのである。

こうした経緯から、日本共産党は『チョンリマ』の宣伝を熱心に行った。同党の機関誌『アカハタ』は、「「チョンリマ」が呼ぶすばらしい感動」(1964年5月14日付)、「事実を記録した映像と音声 その強烈な感動」(同年9月1日付)などと同作を絶賛。各地で展開された「チョンリマ上映運動」の様子を繰り返し報道した。

『チョンリマ』を評価したのは日本共産党だけではなかった。『アカハタ』ほどではないにせよ、『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』などにも今日では考えられないほど好意的な映画評が掲載されている。

ただし1963年の北朝鮮は、今日のそれとは大きく異なっていた。北朝鮮は数多ある社会主義国のひとつにすぎなかった。チュチェ思想はまだ体系化されておらず、個人崇拝も控えめで、当然ながら指導者の世襲など問題外だった。また韓国との経済格差もそれほどなかったという点も忘れてはならない。

今日の立場から『チョンリマ』を批判するのは、赤子の手をひねるより簡単だ。

だが、こうも考えてみたい。肯定的な情報があふれるなかで、珍しく美麗な映像を見せられて、それでもなお、われわれはその対象について批判的で冷静な視座を保てるだろうかと。そう考えて観たほうが、得る教訓は多いかもしれない。

なお、監督の宮島は1966年に日本共産党を離党。日本共産党と朝鮮労働党もその後路線対立で関係が悪化した。そのため、『チョンリマ』も闇に葬られて、幻の映画となってしまった。

また宮島は、日中戦争・太平洋戦争下に、『燃ゆる大空』や『あの旗を撃て』などの国策映画の撮影に関わったことも念のために付記しておく。