日本野球が「世界一」になるための「難題」
──「侍ジャパン」常設で何が変わったか

MASANORI SUGIURA
SHINYA MIYAMOTO

杉浦 正則・宮本 慎也

2016.11.07 Mon

杉浦正則さん(左)、宮本慎也さん(右)

92年のバルセロナ、94年のアトランタ、2000年のシドニーと、オリンピックの野球競技でエースとして活躍した杉浦正則さん(現日本生命 都心法人営業第一部)と、プロ野球で輝かしい成績を残しながら2004年のアテネ、2008年の北京と2大会連続でキャプテンとしてチームジャパンを引っ張った宮本慎也さん(現野球評論家・解説者)。

同志社大学の先輩・後輩であるお二人の対談の前編では、これまで参加してきた各大会にどんな思いで挑んだのかを振り返っていただきました。

後編では、2020年東京オリンピックで復活することになった野球について、現状どのような課題があるのか、その課題に対してそれぞれの立場でできることは何かを語っていただきます。(取材&文・岡田真理/写真・村田克己)

世界に誇れる日本野球の素晴らしさ

——お二人とも、これまで様々な形で国際大会を経験されてきましたが、日本の野球の魅力はどういうところにあると感じていますか。

杉浦 メンタルの部分で言うと、これまで僕が経験した全日本(現在の野球日本代表)は「勝つためにいかに自分を捨てられるか」という思いが非常に強いチームだったと思います。それは、日本野球の誇れるところですね。

宮本 海外では、キューバだったら世界大会で結果を出すと国会議員になれたり、韓国だと徴兵制度が免除されたりといった待遇があります。でも、日本にはそういうものがまったくない。それでも名誉のために頑張る、野球界のために頑張るというところが日本人らしいですよね。

オリンピックでいうと「国民の期待に応えたい」という思いで戦うわけですが、そのスピリットが日本人の強さではないかな、と。

杉浦 プレーに関しては、パワーでは確かにアメリカやキューバなどの強豪には敵いません。でも、一つひとつのプレーの緻密さ、ピッチャーのコントロール、バッターの技術に関しては、日本の野球は世界と比較しても非常に優れていると感じました。

宮本 プレー中も日本人選手はマナーが本当にいいですよね。勝負なので、例えばアメリカではデッドボールがあっても絶対謝らないですけど、日本のピッチャーは当てるとバッターに対して「すみません」という態度を見せる。それは日本人らしさだと思います。

僕は北京大会の時に韓国に負けて、予選の時からやられていたのでいろいろと腹立たしい思いもあったんですけど、それでも最後は敬意を持って握手しました。試合中は食うか食われるかでも、終わった時には国際スポーツということで相手国に敬意を表すことを、日本の選手たちはきちんとできるんです。

杉浦 逆に、国際大会を通して海外のチームや選手から学んだこともたくさんあります。海外の選手たちは、みんなとても陽気。いつでも気持ちが前向きで、負けても次の日にはあっけらかんとしているので、気持ちの切り替えはすごいなと。

宮本 僕は、日本人は海外の選手に比べて環境に合わせるのが苦手だなと思いましたね。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック、2006年に出場)では日本やアメリカの整備されたグラウンドで、待遇もしっかりした中でプレーできたのですが、オリンピックでは野球が盛んでない地域もあり、グラウンドの状態が悪かったり、ホスト国のサポート体制が十分でなかったりなど、決して万全とは言えない環境でプレーしなくてはなりませんでした。

プロですから、どんな状況でもそれに合わせてプレーしないといけないのですが、実際にはなかなか難しかった。でも、海外の選手は与えられたところで力を発揮できていたんです。彼らには、そういう強さがあるなと感じました。

杉浦 それは僕も感じましたね。海外の選手たちがどんな環境でも対応できるのは、やはり基本的に気持ちが前向きだからだと思います。日本人は真面目で考え過ぎるところがあるので、あの陽気さは日本人選手も学ぶべきだなと思いました。

侍ジャパン常設で「対世界」が身近になった

——現在は『侍ジャパン』が常設されるようになり、世界に対してはプロ・アマともに同じジャパンのユニフォームを着ることになりました。この取り組みについて、お二人はどう感じていますか。

杉浦 アマチュアの視点で言うと、アマの選手、特に社会人野球の選手たちが国際大会に出ていく機会は減りました。

先日、カナダで開催された「ワールド・ベースボール・チャレンジ」に侍ジャパンの社会人代表ではなく社会人選抜チームとして参戦しましたが、基本的には社会人代表はアジアの大会しか出ないことになったので、僕がプレーしていた頃より世界と接する機会は減ってしまいました。

ただ、その分ほかのカテゴリーに機会が広がっているので、野球界全体としては活性化につながっていると思います。

宮本 僕がオリンピックを体験していちばん苦しかったのは、即席チームで、わずかな準備期間で世界一を決める大会に出ること。ですから、若い世代から侍ジャパンが常設されて、短期決戦を経験しておくことは有意義なことだと思います。プロのトップチームも、国際大会に向けての強化試合などを定期的に開催している動きは非常にいいですよね。

杉浦 僕は今、侍ジャパンの社会人野球代表の投手コーチを務めていますが、やはりそこでも自分の経験をできるだけ一人一人に話しています。国際大会に行くと、日本の野球と違うことが多々ありますから。

先日のカナダの大会では、現地のクラブチームやアメリカの独立リーグのチームと戦ったのですが、やはり向こうのバッターはまっすぐへの対応力がある。それに比べ、社会人野球のバッティングにはもろさを感じました。できるだけ早い段階で自分たちとは違ったスタイルの野球を見て感じて、日本の野球に活かしてほしいなという思いです。

宮本 侍ジャパンを常設化することによって、いろんなステージで「世界と戦う」という感覚が身近になりましたよね。プロの選手たちも、侍ジャパンを通して世界をより意識しやすくなったと思います。

ただ、日本の野球が世界でもっと強くなるためには、プロ・アマの垣根を低くして、野球界がもう少し一体化しないと厳しいかなと思いますね。野球人口が確実に減っている今、プロが高校生を教えたらダメだとか、そんなことを言っている場合ではないんじゃないかなと。

杉浦 その通り。高校野球、大学野球、社会人野球と組織自体が分かれてしまっているので、根本的な一体化を目指さないと。その一体化を一刻も早く実現して、そこからどうするかというアクションを起こさないといけないんです。

野球発展のために、それぞれができること

——2020年の東京オリンピックの競技種目に野球が復活することになりました。「アマだけが出場するべき」「プロも出るなら年齢制限を設けるべき」など、様々な意見が飛び交っていますが、金メダルという目標に向けて、そして野球の発展に向けて、どういう形で選手を選出するのがベストなのでしょうか。

杉浦 僕の願望としては、選択肢を与えてほしいということですね。プロのみと最初から決めてしまうのではなく、野球界全体を見て、プロでもアマでも日本代表としてふさわしい選手が選ばれる環境を作ってほしいなと思います。

その結果として全員プロになったら、それはそれでいいと思うんです。でも、選考過程では社会人や大学生にもジャパンのユニフォームを着られるチャンスがあるという形を作っていただきたい。

プロに入らないとオリンピックに行けないとなったら、そこで諦めてしまう選手もいるでしょう。アマからでも世界の舞台で戦えるチャンスがあるとなれば、注目度も高まりますし、間違いなく野球界の活性にもつながります。

宮本 僕は、オリンピックはアマチュア最高峰の祭典だという考えなので、全員アマで行くのがベストだと思います。もちろん、ほかの国も同様です。でも、そういうわけにいかないというなら、杉浦さんがおっしゃったように、プロ・アマ関係なく日本のベストチームで挑む体制を作るべきだと思います。

それから、東京オリンピックで金メダルを狙うことも大事なんですけど、もっと大事なのはその次の大会にどうつなげていくかなんですよね。このままでは東京で終わってしまう気がするんですよ。

杉浦 本当にその通りで、東京を機に次の大会でも種目に入れてもらえるのかどうか。その後の存続のほうがはるかに大事です。それをどうしていくのかを本気で考えていかないといけません。

宮本 大会ルールの見直しもありえるでしょう。僕は最初、野球は9回やるものだから、時間短縮のために7回でやるのは反対だったんです。でも、オリンピックに限り7回にして正式種目にするならアリだと思うようになりました。世界で野球がもっと普及するためには、まず種目として採用されることが第一ですから。

杉浦 野球の発展は、2020年の東京オリンピックをきっかけとして、その後存続できるかどうかにかかっている。それに備えて、我々も今のうちから具体的なアクションを起こしていかないといけないと思います。

宮本 そうですね。世界の野球の普及については、元プロ野球選手の清水直行が今ニュージーランドで野球指導をしているのですが、僕もそういう取り組みにできる限り協力しています。実際、現地でも少しずつ野球人口が増えているようです。

こういったアクションがいろんな地域で展開できるといいですよね。名球会でも、中古の野球用具を野球が盛んでない地域に送る取り組みをしていますが、そういったことも野球界が一体化してできるとさらに促進すると思います。

杉浦 なぜ野球がオリンピック種目から外れてしまうかというと、プレーする国が少ないから。球場も必要だし、プレーするにはお金もかかります。昔はアマも海外青年協力隊などで野球の普及活動をやっていましたが、最近はそういう音頭をとる人がいないので、できれば今後はプロ・アマ一体化してやりたいですね。

宮本 野球人口の減少については日本もかなり深刻なので、僕も幼稚園や学校をまわるなど、地道な普及活動をやっています。プロ・アマ一体化というシステム上の課題の解決も進めながら、同時に身近なところでそれぞれができることを地道にやっていくことも大切ですよね。

杉浦 僕もできるかぎり国内で野球教室をやらせてもらっています。あとは、キャリア教育の中で野球やその他のスポーツを通じた礼儀作法を教え、スポーツの素晴らしさを伝えています。スポーツに触れる子供を増やすことも必要なので、そのような取り組みもしていきたいと思っています。

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杉浦 正則・宮本 慎也(すぎうらまさのり・みやもとしんや)

杉浦正則:野球日本代表メダリスト。日本生命保険相互会社勤務。1968年和歌山県生まれ。1987年同志社大学入学、関西学生リーグでは1990年秋季リーグで優勝、明治神宮野球大会でも優勝を果たす。1991年日本生命入社。1992年バルセロナ、1996年アトランタ、2000年シドニーと3度五輪出場。バルセロナで銅メダル、アトランタで銀メダルを獲得。五輪通算5勝は世界記録。2000年シーズン後に現役引退。2006年から2009年まで日本生命監督を務める。
宮本慎也:野球解説者。1970年大阪府生まれ。PL学園高校時代、1987年の第69回全国高等学校野球選手権大会では唯一2年生として決勝戦に出場。三塁手として先発出場し全国優勝。1989年同志社大学入学、関西学生リーグでは1990年春季リーグで首位打者を獲得。社会人野球(プリンスホテル)を経て1994年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。2004年アテネ、2008年北京で五輪出場。アテネで銅メダル獲得。2013年シーズン後に現役引退。