「勝ち過ぎた監督」元駒大苫小牧高・香田誉士史が過ごした葛藤の日

勝ち続けることの苦しみが分かりますか
[お詫びと訂正] 週刊現代9月10日号で『高校野球監督の栄光と闇 「夏連覇」元駒大苫小牧監督 香田誉士史の赤裸々な告白』という特集を掲載致しました。
 この記事は本文中にもありますように、中村計氏の著書「勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇」を引用したものです。2004年~2006年まで毎年、夏の全国高校野球で駒大苫小牧高を率いて決勝に進み、優勝を争う偉業を成し遂げた香田誉士史氏の栄光と、その裏に隠された高校野球の監督の苦悩を伝えることが目的でした。
 しかし、駒大苫小牧高校野球部および生徒を説明する記述の中で、「素行の悪い選手たち」「不良少年の集まりのチームだった」「チームが荒れていた」という表現は正確ではなく、駒大苫小牧高校の校風について、誤解を与えてしまいました。引用部分も事実と異なっておりました。
 また、この記事内の「香田が明かす」等の表現により、香田氏が小誌の取材に答えた印象を与えてしまいました。
 訂正してお詫び申し上げます。(週刊現代編集部)

今夏の全国高校野球は、古豪・作新学院(栃木)が54年ぶりに頂点に立った。若干33歳、就任10年目の小針崇宏監督が教え子により、宙に舞った。

12年前の夏、小針監督と同じ33歳で甲子園の頂点に立ち、夏連覇という偉業を達成した名将がいた。駒大苫小牧高を率いた香田誉士史氏だ。
 
夏の大会が開幕した直後の8月10日、ノンフィクションライターの中村計氏が『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の3連覇』(集英社)を上梓した。  

同書はスポーツものによくある、香田の手腕を称える「ヨイショ本」では全くない。むしろ、高校野球をテーマにした本では初めてと言っていいほど、香田の、そして高校野球監督の、「内面の闇」を浮き彫りにしている。

北海道に初めて優勝旗をもたらした香田は本来、喜びを分かち合うはずの学校側と責任の所在をめぐって対立。選手や周囲の関係者とも距離ができ、孤立し、事実上の解任に追い込まれた。そうした名将の心の葛藤が、本書では赤裸々につづられている。中村氏の著書を引用して、元名将の栄光と蹉跌の軌跡を追う。

「闇」を引き受けた男

ハンカチ王子こと、早稲田実業高のエース斎藤佑樹の外角直球に、駒大苫小牧高の最後の打者、田中将大(ヤンキース)のバットが空を切る。2006年8月21日、夏の全国高校野球決勝で優勝が決まる瞬間のシーンは、今でも甲子園の名場面として定着している。ベンチでその瞬間を見届けた香田は試合後、こう言ったという。

〈悔しさはある……そこは誤解して欲しくない。でも、(三連覇したらどうなってしまうのだろうという)怖さは正直ありました。今は少し、ホッとしています〉
 
史上2校目の3連覇という歴史的偉業をあと一歩で逃した香田は、なぜ勝つことへの恐れを抱くようになったのだろうか。
 
それは1年前の’05年夏、連覇を達成した直後にさかのぼる。大会終了2日後、当時の野球部長の体罰が発覚。さらに翌’06年春の選抜大会出場が決まった約1カ月後、卒業する野球部3年生が飲酒喫煙で補導された。

約半年の間に、不祥事が2度続き、当時の校長は香田の辞任と選抜大会辞退を発表。その後、野球部員の前に現れ、淡々と決定事項を伝えた。すでに引退した3年生による不祥事だったため、香田は新チームの出場辞退を阻止に奔走したが、それができなかった無力感に苛まれた。当時の状況を思い返す。

〈選手たちも、それじゃあ腑に落ちないから『ちょっと待ってくださいよ』って。当然だよね。したら校長が『週刊誌にでも何でも訴えるなら訴えてください』って捨て台詞を吐いたんだよ。俺もさすがに、なんちゅーこと言うんだって思ったよ〉
 
選抜大会を辞退した駒苫野球部は一週間の休暇後、活動を再開したが、最初は無気力状態に陥っていた。

謹慎が解けた4月に顧問として復帰した香田は夏の大会を控えた5月に、再び監督に戻った。その背景に、選手の保護者から「早く復帰してほしい」との強い要望を受けたことがあった。一度、退いた監督職にすぐに戻ることに抵抗はあった。だが、〈今いる選手にとってはこれがベストなんだ〉と言い聞かせ、復帰を決意したのだ。

しかし香田の求心力は低下していた。顧問として部に復帰した香田は、何とか正常化しようと、練習前後に食事をとることの報告まで選手に義務付けた。細かい部分にまで口を挟むあまり、一部の選手から煙たがられる空気が流れていた。そんな中、主軸を打つ選手が退部をほのめかすという事件が起こる。その選手は特待生だったため、香田に向かって、入学金の返金まで求めた。

生徒との距離の置き方に苦心した香田も、生徒に対して感情的になったこともあった。例年、香田は部員たちのスポーツ推薦による大学進学のため全国を飛び回りながら、話をまとめた。そうした際の経費は自分で持つ。香田の人脈がなければまとまらなかった話は一つや二つではない。にもかかわらず、誰も合格の連絡を寄こさないことがあった。そんなとき、香田の感情は爆発した。

〈おまえさ、自分一人の力で大学決まったと思ってんの? 合格したのがわかったら、俺も、礼状を書いたり、今後もよろしくお願いしますって電話したり、いろいろしなきゃいけねえんだよ。俺とおまえはどうなってもいいけどよ、俺と相手の監督さんの縁まで裂くんじゃねえよ〉
 
すると一人、また一人と三年生たちが合格の報告にやってきた。そして香田は〈どうせ、言われたから来ただけだろうが〉と、いちいち撥ね付けた。本書の中で香田はこう語っている。

〈いろんな人が、おまえもうちょっとこうした方がいいとか、選手はこう言ってるとか言ってくるから、『何にも知らないくせに、部外者が口出すな!』ってケンカになって。俺は絶対譲らんと思っていたから。そのモードに入ったら、もう一切、誰の言葉も受け付けない。なんかもう、子どもだよね。ほんとにね〉

栄光の頂点をつかむために、ここまでの「闇」を引き受けた香田とは、どのような男なのか。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら