国際・外交 国家・民族 メディア・マスコミ

ゼロからわかる「イスラーム国」が世界的な一大現象になるまで

全世界に拡散する「超国家」の「思想」
末近 浩太 プロフィール

「思想」としてのIS──単純さと過剰さの追求

2014年の後半以降、ISによるテロリズムが、中東、アフリカ、北米、そして、欧州の各国で頻発するようになった。

これは、ISがもはや単なる「組織」でもなく、イラクとシリアの地にとどまる「国家」でもなく、「超国家」の「思想」として世界に拡散していることを意味する。

その共鳴者たちのなかには、実際にイラクとシリアにおける「国家」としてのISに渡航した者たちもいれば、ヴァーチャルな「IS国民」を自認しているだけの者もいるが、いずれにしても、自国で個人や組織としてテロや政治的暴力に手を染めたり、ISの「属州」の設立を宣言したりするケースが見られる。

例えば、アフガニスタンではターリバーンの一部が「ホラーサーン州」を、ナイジェリアではボコ・ハラムが「西アフリカ州」を「樹立」した。

このように、世界の各地でISの共鳴者は続々と増えていると見られるが、「思想」としてのISの力は何に由来するのだろうか。ここでは、「思想」の発信者としてのISの巧みさに注目してみよう。

実際のところ、ISの過激主義は、イスラーム過激派の思想としては凡庸なものに過ぎず、その中身は空虚である。

預言者ムハンマドの時代を絶対的な理想と見なし、その後の時代の長年にわたって築かれたイスラームにおける知の伝統や権威に対する強い反発や嫌悪を見せるだけである。異教徒に対する戦い(ジハード、聖戦・義戦)も、「不信仰者」や「背教者」の断罪(タクフィール、不信仰者宣告)も、以前のイスラーム過激派の主張と大差ない。

しかし、問題は、ISの「思想」が空虚であるからこそ、ムスリム/非ムスリムの別にかかわらず、多くの人びとに伝わりやすい、という逆説である。

ISはおそらくそのことを熟知しており、それゆえに、体系化・理論化された深淵な思想ではなく、画像や映像を駆使したイメージの発信に徹しているように見える。そのコンテンツは、残虐な処刑や奴隷制復活の様子など、現代世界の普遍的価値観や常識を執拗なまでに踏みにじるようなものがほとんどである。

単純さと過剰さを追求することで、インターネットやマスメディア、世論での「炎上」を引き起こし、自らの「思想」に触れる人びとの数を極大化していく。テロは、そのための究極的な手段になっている(詳しくは、拙稿「なぜイスラーム国の『過激思想』に吸い寄せられる人が後を絶たないのかhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/48315)。
 
「思想」としてのISに何らかの画期性があるとすれば、その世界観や価値観がイラクとシリアで目に見える「国家」のかたちで既に結実してしまっている点だろう。

かつて、アル=カーイダが領域的な拠点を持たず(持てず)、世界各地で反米テロリズムを繰り返すのみであったのに比べると、ISは、そうした破壊に徹するよりも、目に見えるかたちでの創造に注力している。

ISの「国家」の出現が、その「思想」の実体や実現性にリアリティを与えているのである。

 

一大現象への包括的な対応が必要

以上見てきたように、ISは今や「組織」「国家」「思想」という異なる側面を持っており、それぞれが相互に関わりながら世界を巻き込む一大現象となっている。

むろん、すべての始まりを「組織」としての創設に見るならば、その背景に米国の対中東政策の甘さがあったことは否めない。しかし、世界にとっての脅威、一大現象となった過程には、それ以外の諸要因が存在する。

だとすれば、ISに対抗するには、「犯人捜し」は言うまでもなく、「組織」「国家」「思想」のどれか1つの側面だけに対応するだけでは不十分であり、むしろ、ある側面への対応が他の側面にとっての逆効果になる可能性を考えなくてはならない。

「有志連合」によるイラクとシリアで活動する「組織」としてのISへの空爆作戦は、「思想」としてのISの持つ訴求力を強め、世界各地でのテロを誘発する危険をはらんでいる。

事実、作戦が本格化した2014年8月以降、ISのメンバーやシンパによるテロが急速に拡散した。

また、仮に軍事力で「国家」としてのISを壊滅させることができたとしても、この地で100年にわたって続いてきた「どのような国家をつくるのか」という問いを暴力で一時的に封印することにしかならず、結果的に、現行のイラクやシリアとは異なる国家を築こうとする思想や運動を結局のところ過激化させてしまう恐れがある。

イラク国家のあり方に対しては、クルド人が自治や独立への動きを見せているだけでなく、権力から疎外されていると感じるスンナ派住民が不満や不信感を強めている。

シリア国家にいたっては、多種多様な国家構想を掲げる無数の勢力が離合集散を繰り返しており、その将来の姿がまったく見えない状況にある。暴力による解決は一時的な対処療法にはなり得るが、中長期的には中東の不安定化の火種を残しかねない。

こうしたジレンマが存在する以上、現象としてのISへの包括的な対応が必要となる。

それは、「組織」としてのISの破壊だけでなく、「国家」としてのISに代わる国家の建設(再建)に向けた平和構築や開発援助、それから、「思想」としてのISの訴求力を奪うための手立て、例えば、イスラームにおける知の伝統的や権威の復権に加えて、欧米諸国におけるムスリムに対する差別や偏見の解消に向けた努力が不可欠であろう。

末近浩太(すえちか・こうた)
立命館大学国際関係学部教授。中東地域研究、国際政治学、比較政治学。1973年愛知県生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、英国ダラム大学中東・イスラーム研究センター修士課程修了、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科5年一貫制博士課程修了。博士(地域研究)。英国オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ研究員、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授、SOASロンドン中東研究所研究員を歴任。著作に『現代シリアの国家変容とイスラーム』(ナカニシヤ出版、2005年)、『現代シリア・レバノンの政治構造』(岩波書店、2009年、青山弘之との共著)、『イスラーム主義と中東政治:レバノン・ヒズブッラーの抵抗と革命』(名古屋大学出版会、2013年)、『比較政治学の考え方』(有斐閣、2016年、久保慶一・高橋百合子との共著)などがある。Twitter: @suechikakota、公式サイト: SUECHIKA'S OFFICE