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中山七里の「魂」を鍛えたミステリー・極上の10選!
「今の僕の財産です」

この書き方に影響を受けた

僕が幼い頃は、ちょうど日本が高度成長期で、どんな物でも店に置けば売れるという時代でね。実家が呉服屋のため、両親も子供に手をかけられないぐらい忙しかったそうです。

だから僕は幼稚園に入る前から「この子は本さえ与えておけば大人しい」というんで、本だけは買ってもらえたんです。それ以来、本は大好きで、小中学生の時には図書館にある本は全部読破してしまって、終いには辞書や昆虫図鑑まで読み漁っていました。

今回は、僕が小説を書くのに役立ったベスト10。ですから、この10冊を読むと、「あ、こいつここを拝借したな」というのがよくわかる(笑)。

中学生の頃には、エラリー・クイーンもアガサ・クリスティーもまだ存命で、年に1冊は必ず新刊が出たんです。だから、ハヤカワ文庫の2人の作品は全巻持っています。

中でも1位の『エジプト十字架の謎』は、イギリスやフランスものにはないアメリカっぽいミステリーという印象が強かった。目に焼き付いているのが「死体の状況描写」。最初の5ページを読むや否応なく引き込まれてしまう。

エンターテイメントとして優れていることはもちろんですが、のっけから掴みが派手。この「まず、掴め!」という手法は、今の僕の書き方にすごく影響を及ぼしています。

また、最初に不可思議な謎を出して、それに論理的な解答を用意するというのがミステリーの醍醐味です。2位の『ABC殺人事件』は、なんでアルファベット順で殺されなきゃいけないんだという、読まずにはいられない謎のあるべき形を教えてくれた。ミステリーの黄金期における海外作品では、この2作が鉄板です。

3位に挙げた『IT』では、主人公の少年少女たちの子供時代から成人までの生活ぶりが描かれているのですが、例えば「ラルフローレンの何年型のシャツの模様が気に入っている」というように、具体的に書き込まれている。

要は適切な書き込みをすればするほどその人間が浮き彫りになってゆくという構成なんですね。そういうところはスティーヴン・キングから教わりましたし、僕が何かを表現する時の「説明するよりまず描写しろ」の基本になっています。

エンタメのクロスオーバーや、ジャンルミックスなど作品の可能性を教えてくれたのが、4位の『ウォッチャーズ』。とりわけ印象的だったのは、アインシュタインという犬が動物病院に行った際、主人公の男とその恋人が、この犬が人間の言葉を解することを獣医に示して見せるシーン。

その時に獣医が言った「まるでクリスマスの晩に一階におりていったら、本物のサンタクロースを目撃した子供みたいな気分だ」という言葉は未だに覚えています。かの国でサンタクロースは、それぐらいの喜びと驚きを与えるんだなというのを再認識しました。

恐るべき「普遍性」

5位の『獄門島』はおそらく、日本の推理小説でベスト1に挙げる人も多いのではないでしょうか。閉ざされた島の中での見立て殺人。しかも、死体描写が非常に美しくて魅惑的。いろいろなミステリーのガジェットを叩き込み、それが横溝さんの作風にピッタリ合っていることは奇跡としか言いようがない。時代に関係なく通用する名作だと思います。

そして、手塚治虫さんの『アドルフに告ぐ』。これは今だからこそ読まなければいけない本。その普遍性たるや恐ろしいですよ。やっぱりこの人は物語を書くことに人生を費やしてきたんだなというのがこの作品を読むだけで伝わってきます。

手塚さんが亡くなられた時に思ったのは、子供は親に育てられるけれども、魂というものは読んできた本や漫画、映画などで形成されたものである、と。そういう意味では手塚治虫が育てた魂というのはとんでもない数になります。

昔、やはり手塚さんが出された『マンガの描き方』の中のストーリーの作り方に、大きな太い幹があってそこから枝葉が生えて行くのだ、と書いてありました。中心の幹は真っ直ぐ、どんと構えていなくてはならない。その見本が『アドルフに告ぐ』ですよ。

この長丁場の物語を手塚さんは枝葉末節まで全部頭に入れて描いていたんだということが最後にわかるんですから、これほど恐ろしい頭脳の持ち主は他にはいないと思います。

読書というのは僕にとって「魂の飯」。黄金期にたくさんのミステリーを読んできたことは今の僕の財産であり、その蓄積に勝るものはありません。

(構成/大西展子)

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