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日本の美術史を読み解くための3冊、教えます

脚本家・中島丈博さんが選出

東洋美術が日本に根付くまで

岡倉天心が東京美術学校の校長に任じられたのは明治23年、数え年の29歳だった。その創案になるところの制服は、誰もが面食らうような天平時代の朝廷服まがいの、冠帽と闕腋の袍(腋部分が縫われていない衣服)の如きもので、教師、生徒ともに着るのを嫌がったという話は有名だ。

明治時代の脱亜入欧の風潮に逆らって、東洋美術の伝統に根ざした深く高韻な美意識を護り育てることが天心の揺るぎない信念だった。

茂木光春著『永遠の天心』は数ある岡倉天心の評伝の中でも、その語り口の熱っぽさに於いて際立っている。

英語で著書をあらわすほどの世界人にして、外国にあっても羽織袴で闊歩する国粋主義者。道なき道を行く卓越した思想家のその波瀾万丈、量りがたい混沌に食らい付くような意気込みが本書からは伝わってくる。

天心の「無造作で、無防備で(中略)、夢中になったら周囲を顧みない、どこかおかしな興奮性、言うこと為すこと変わっていながらどこか憎めない滑稽にして巨大な変人ぶり(中略)、ラブレーのいわゆるガルガンチュア的な童児性というものがあった」も、その混沌の中身に含まれているに違いない。

そんな指導者を戴いて、谷中から茨城の五浦に都落ちした日本美術院は横山大観、菱田春草、木村武山らが赤貧に喘ぎながら朦朧体を極めようとしている一方で、肝心の天心はボストン美術館の東洋部顧問として半年間は出張して不在だし、おまけに大観家は出火して丸焼けになるのだから、さぞや不安で難儀だったろう。などと、想像を逞しゅうしながら繙くのも楽しい、思い入れの籠もった著書である。

天心が英文で著した『東洋の理想』は日本がいかにインド、中国などからの影響を吸収しながら独自の文化を発展させていったかを編年的に述べている。アジアの民族的、地域的、時代的な多彩な文化は、全体が複合的生命体として息づいており、それは究極的に日本に於いて融合されて一つとなったとする主張であろう。

「報国」する絵画と芸術家

その「アジアは一つ」は大東亜戦争の格好のスローガンと重なり、横山大観に引き継がれた。

絵筆のナショナリズム――フジタと大観の〈戦争〉』(柴崎信三著)は、戦時下の「彩管報国」(絵筆で国に尽くす)に呼応した画家たちの代表格としての大観と藤田嗣治を中心に据え、天皇制にまで敷衍して論じている。

「日本人の精神的な表象」「愛国の表象」としての霊峰富士を、国威発揚、戦意高揚を図る国家や軍部の意図に応えて描きまくった大観の絵は、外交、国策の名のもとにムッソリーニやヒットラーにも贈られた。皇紀二千六百年奉祝記念の「横山大観海十題山十題展」で公開された二十点は破格の値段で軍需産業の関係者らに買い上げられ、その資金で大観は四機の戦闘機を陸海軍に献納し、「戦闘機に化けた日本画」と囃された。

あからさまな戦争協力であるが、戦後、GHQはその戦犯容疑を不問とした。一方のフジタは「フランスで手にした栄光を捨てて帰国」した後、海軍省の嘱託となり、当時の画壇を代表する洋画家らとともに戦地に動員された。数々の戦争画を描き喝采を浴びて、戦争画家として過剰に同調してゆく。

昭和18年の「国民総力決戦美術展」で死屍累々の戦場を描いた『アッツ島玉砕』の前に老男老女が跪いてお賽銭を上げていたというのだから、戦争の記録画としての迫力は凄絶だったのだろう。

伝説や歴史に材を得た西欧のアカデミズム絵画の群像表現が日本の洋画には継承されなかったため、「戦争画はその欠落を埋める試み」でもあったという指摘は興味深い。

GHQから「日本の戦争画を集めて、米国で展覧会を開きたい」との要請を受けてフジタが動き出すと、それが洋画家たちの保身に向けた疑心暗鬼をもたらし、フジタは戦犯画家の代表として美術界の内部から責任を問われる。このあたりのコップの中の嵐的騒動をもっと詳細に知りたいところだが、公表された資料が少ないのだろうか。

日本を脱出したフジタはアメリカへ向かうが、そこでも国吉康雄らによって排斥されるという受難が待っていたというのだから、戦後、いち早く日本画壇の重鎮として復活した大観との明暗は極まっている。

本書の中で山田新一さんの名前に出喰わしたときは、あッと驚いた。フジタに代わってGHQの戦争画回収に奔走したのが、朝鮮軍報道部美術班長だった山田新一さんだというのだ。

1980年、NHKで佐伯祐三のドラマを書いたとき、フランスで佐伯と同時代をともにした山田新一さんを取材した。それが縁となって、高島屋での個展の一点、30号ほどの『フランソワーズ』は今も私のリビングを華麗に飾っている。

山田新一さんにそんな前史があったのなら、あのとき戦争画や戦後の紛糾した画壇についても訊ねておくのだった、と悔やみながらも、天心や画家たちの有為転変に思いを馳せた3冊だった。

『週刊現代』2016年10月29日号より