金融・投資・マーケット

退職金に手をつけたら…その先に待つのは地獄です!

投信のプロが教える、正しい資産運用術
中野 晴啓

手をつけるな!

それどころか、退職金そのものが「ない」ケースも意外に多いのです。厚生労働省の調査では、従業員1000人以上の大企業の93.6%に退職金制度があります。ところが従業員100人未満の会社で見ると、「退職金制度あり」の会社は72.0%まで低下します。

誤解している人もいるかもしれませんが、従業員への退職金支給は法律で義務づけられているわけではなく、退職金制度がなくても違法ではないのです。その分、給与を多く支給していたり、福利厚生に力を入れていたりするケースもあるようです。

それらを考えると、退職金が2000万円以上も支給されるのは、会社員のうち本当にごくごく一部の“恵まれた”人たちに過ぎないといえるのです。

したがって、自他ともに認める大企業に勤務している人を除き、「退職金は1000万円」という前提で資金計画を組むのが無難です。もっと厳しいことをいうと、中小企業は大企業に比べて財務体質が弱いので、自分が定年を迎える前に倒産するリスクも、ある程度は想定しておく必要があります。

不幸にして、定年前に勤務先が倒産してしまったら、退職金どころか、老後の資金計画そのものが根底から狂ってしまいます。

現実はなかなか厳しいものがありますが、だからこそ50歳になったら、真剣に老後の資金計画を考える必要があります。「資産どころか預貯金すらほとんどない」という人は、無理をしてでもつくらなければなりません。

退職金は大事な老後の生活資金です。なかには、「退職金を受け取ったら豪華客船で世界一周」とか「新しい車に買い替えよう」などと、夢のような話をする方がいます。

でも、たとえばクイーン・エリザベスに乗って世界一周の船旅をしたとしましょう。121泊122日という豪華フルクルーズの料金は、最も値段の安いスタンダードのお部屋で、一人240万1000円〜。夫婦で480万2000円〜です。退職金が1000万円だとしたら、その半分が刹那的な贅沢のために、あっという間になくなってしまうのです。

退職金には絶対に手をつけるべきでないことは明らかでしょう。

 

住宅ローン一括返済は×

退職金の使い道としては、“贅沢” “散財”は論外で、絶対にやるべきではありません。ただ、ついやってしまいがちなのが、「住宅ローンの残債を完済してしまうこと」。おそらく、真面目な方に多いと思います。

「あと500万円、住宅ローンが残っているので、定年を機に全部払ってしまおう」

いや、真っ当な人間としては正しい行為だと思います。それに、仕事がなくなるので、できるだけ借金は残さないでおこうという考え方も間違ってはいません。

でも、現在の経済環境をよく考えてもらいたいと思うのです。

今は、ご存じのように超低金利どころか、マイナス金利の時代です。こういう時代は、むしろ借金をある程度持っている人のほうが、無借金の人よりも家計として見たとき強いバランスシートになっているといえます。

なぜなら、超低金利のなかでは、いずれインフレが起こる可能性が高いからです。少なくとも政府・日銀は、将来的にインフレを引き起こすために、現在のマイナス金利政策を取っています。仮にインフレになったら、預金してあるお金はインフレヘッジにならず、資産価値が目減りしていきます。

しかし、借金の負担はインフレが進むほど軽くなりますから、借金があったほうが、バランスシート上は望ましいことになります。そして、長期金利までもマイナス金利が定着し始めたこの時期、住宅ローンはむしろ長期固定金利で借り換えをするのに空前絶後の機会でもあるのです。

ですから、住宅ローンをやみくもに返済するよりも、超低金利のローンに借り換えてコツコツ返済を続けながら、余裕資金を運用に回したほうがトクだと思います。

仮に退職金が1000万円、住宅ローンの残債が500万円あったとします。それを完済し、差し引き500万円を年平均3%で20年間運用するのと、住宅ローンはこれまで通り返済を続け、1000万円を年平均3%で20年間運用するのと、どちらが有利かを計算してみましょう。

住宅ローンを完済した残りの500万円を運用した場合、20年後の元利合計金額は903万1000円です。対して、住宅ローンを完済せず、1000万円を同じ利回りで20年間運用した場合の元利合計金額は1806万1000円です。当然ですが、後者は投資元本が倍ですから、収益の絶対額も倍になります。

運用利回りにすれば両者とも同じですが、絶対額で倍の差があるのは非常に大きいと思います。その点でも、住宅ローンを定年時に全額返済せず、定年後もコツコツと返済するようにして、退職金はできるだけ全額を運用に回したほうがよいでしょう。

日本の閉塞感をなくしたい

それに、これは女性にいっておきたいのですが、夫が定年になったとき、夫名義の住宅ローンの完済を相談されたら、全力で反対するべきです。住宅ローンには団体信用生命保険がついているので、夫が亡くなれば、それ以降の住宅ローンの返済は免責されるからです。つまり返済しなくてもよくなるのです。

基本的に、女性は男性よりも長生きしますから、住宅ローンが残っていたとしても、夫が先に亡くなれば住宅ローンが保険金で相殺され、自宅がそのまま自分のものになります。したがって、夫の定年後も従来のまま住宅ローンの返済を続け、退職金は長期の運用に回すことをおすすめします。

現役を引退したら、あとは静かに孫の面倒でも見ながら余生を過ごす――。平均寿命が65歳程度のころの話ならまだ理解できます。引退して、残りの時間があと5年程度なら、あくせく働く必要はどこにもありません。

でも、これからの時代は違います。今の50代には、定年になってから20年以上もの時間が残されているのです。昔に比べて栄養状態もよく、病気だって早期の段階で発見し、かつ治癒できるだけの医学の進歩もあります。今の60歳なんて、20年前、30年前の50歳くらいにしか見えません。まだまだ、世の中に“なにか”を提供できるだけの時間とエネルギーは十分にあるのです。

大学を卒業する22歳までは、もっぱら人から与えられる期間です。それが社会人になり、定年を迎えるまでは、自分のために稼ぐのと同時に、仕事を通じて、世の中に貢献する期間です。

定年してからの二十数年は、世の中に与えていく立場で過ごす期間と考えていいのではないでしょうか。50代は、そのための準備期間です。自分がこれまで約30年の社会人生活で培ってきたエクスパティーズ(専門性)を活かし、なにができるのかをしっかりと考える。そんな期間だと思います。

私は今、50代の真っ只中にいます。今まで携わってきた長期投資を世の中に広めていくという仕事を通じて、60歳以降も世の中に貢献していきたいと考えています。それぞれの分野で、そういう50代が一人でも増えれば、今の日本の閉塞感もなくなるのではないかと信じています。http://amzn.to/2e6ntwZ

退職金はこう考えよ!資産運用のプロが発する緊急メッセージ(amazonはこちらから
中野晴啓(なかの・はるひろ)
1963年、東京都生まれ。セゾン投信株式会社代表取締役社長。1987年、明治大学商学部卒業。セゾングループの金融子会社にて資産運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ、運用責任者としてグループ資金の運用のほか海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、株式会社クレディセゾンインベストメント事業部長を経て、2006年セゾン投信株式会社を設立、2007年4月より現職。著書には『預金バカ』(講談社+α新書)などがある。