音楽 文学
ボブ・ディランがノーベル文学賞をとった「当然の理由」
「文学の原型」を復活させた弾き語り

ディラン受賞への二つの疑問

喧々囂々(けんけんごうごう)、まさに嵐のような賛否の声が世界中のネット界を震撼させた、と言っていいだろう。

10月13日、アメリカのロック音楽界の重鎮、ボブ・ディラン(75歳)が、2016年度のノーベル文学賞を受賞したというニュースは、それほどまでにコントラバーシャルな大事件だった。

それも不思議はない。100年にわたる同賞の歴史のなかで、音楽家が、自作自演歌手(シンガー・ソングライター)が受賞者となったのは、これが初めてだったからだ。

 

吹き荒れた声の数々は、おおよそ以下の二つの大きな疑問へと集約することができた。そのひとつ目、「Q1」は「なぜ?」だった。

「なぜ、ボブ・ディランにノーベル文学賞を与えたのか?」「彼は音楽家なのに!」――これが「Q1」だとすると、二つ目の疑問「Q2」は、「なぜ『いま』?」となる。

「なぜ『いま』、音楽家に文学賞なんていう、異例な顕彰をおこなったのか?」「歌手は文学者より偉いのか!」――こうしたふたつの疑問が、くんずほぐれつしながら、地球上のいたるところを転げ回っているように、僕には感じられた。

僕の原稿は、この二つの疑問に答えようとするものだ。

1965年、アルバム'Highway 61 Revisited' をレコーディング中のボブ・ディラン〔PHOTO〕gettyimages

最初に立場を鮮明にしておくべきだろう。僕はこの受賞を、大いに歓迎している。

ボブ・ディランは、ノーベル文学賞を、獲るべくして獲った、と考えている。これは当然のことであり、「いま」あるべきことだった、と。スウェーデン・アカデミーの英断を称えたい気持ちでいっぱいだ。よくやった!

だって嬉しいじゃないか。むかしからずっと愛聴していたあの曲やこの曲が、ノーベル賞にてその文学性を賞賛されたなんて……なにやら自分自身のこれまでの人生が突然に祝福されたかのような、気恥ずかしくも誇らしい気分になった、というのが、全世界のディラン・リスナーの本音だったのではないか。

もっとも、「ディランはノーベル文学賞をいずれ獲る」という情報は、音楽ファンのあいだでは有名な噂話だった。村上春樹どころじゃない(彼のノーベル文学賞受賞に毎年期待を寄せているのは、イギリスのブックメイカーに乗せられた日本人だけだ)。ディランについては、かなり精度の高い情報筋からのリークとして「毎年候補に挙げられている」との噂はたしかにあった。

だから、獲るべくして獲った――のだが、いざ本当になってしまうと、さすがに「びっくりした」というのが、ファンの声で最も大きなものだろうか。

ただその「びっくり」の度合いが大きすぎたのか、なんなのか、「ディランがもらっても、いいんでしょうか?」という困惑した声が、ファンのあいだからすら立ちのぼっているように、僕には感じられた。

なぜ、そのようにあとずさりするのだろうか? なぜ「当然だ。もらっておいてやろう」と、居丈高に振る舞えないのか? ディラン本人のかわりに(後述)、受賞を喜んでやれないのか?――一部のファンがこうなってしまう原因は、前述のQ1ともつながる先入観に由来している。

ノーベル文学賞って普通、大御所の作家がもらうものでしょう? とか、分厚い大著を仕上げた、長篇小説家(Novelist)がもらうのが基本なんじゃ? とか――にもかかわらず、なんで音楽家のディランが? 彼が「自作自演」をする歌手だと言っても、「たかが歌詞」なんだし……。

今回のノーベル文学賞の選考を僕が誉めるのは、こうした、凝りに凝り固まった「先入観」に対して、真っ向から、価値観の大転換をうながすようなアクションをアカデミーがおこなった、という点につきる。そしてここに、「Q1」への答えのすべてが詰まっている。

文学の始原

まずは、アカデミーの公式発表から、ディランの受賞理由を見てみよう。

「偉大なるアメリカの歌の伝統にのっとって、新しい詩の表現を創造したこと」(以下、英文和訳はすべて筆者による)を評して、彼に文学賞を授与した、と発表されている。

加えて、委員会のサラ・ダニウス事務局長は古代ギリシャの詩人・ホメロスの名を引き合いに出しながら、ディランは「口語で表現する偉大なる詩人」だとした。

アカデミーによる、この「選考理由」は、僕としては「むべなるかな」と納得できるものだった。鍵は「古代ギリシャ」だ。

ディランは、1960年代初頭にデビューしたその瞬間から「古代ギリシャの吟遊詩人のような」と評されていた。ここから解説を始めよう。