日本史
盗難から70年の時を経て発見!国宝「香薬師像の右手」のミステリー
まさに「奇跡」と呼ぶほかない

奇跡と呼ぶほかない

まさか、この時代になって「本物」が見つかるとは――。

美術史界、そして仏教界で、こんな驚きの声が上がっている。

白鳳時代(飛鳥時代後期、つまり7世紀半ばから710年の間)の最高傑作と名高い奈良・新薬師寺の香薬師像。「黄金仏」と呼ばれ、国宝に指定されながら過去三度の盗難に遭い、70年以上も行方知れずとされてきたこの仏像の右手が、ついに発見されたのだ。

「右手の発見は、美術史的にも大きな意義を持っています。この右手が無事に過ごしていたこと、それが本当によかった、というのが心からの感想です」

東京芸術大学名誉教授で、日本彫刻史研究の権威である水野敬三郎氏をも驚嘆させたこの出来事。香薬師像の右手は、一体なぜ、どのようにして発見されたのだろうか。

「振り返ると、不思議としか言いようのない多くの出来事、人との出会いがあり、その結果、この右手を発見するに至ったのです。大げさに聞こえるかもしれませんが、人智を超えた『天のシナリオ』に突き動かされたのではないか――いまは、そのように思っています」

こう話すのは、ノンフィクションライターの貴田正子氏。93年に産経新聞社に入社した彼女は、新人の地方支局時代に香薬師如来像の複製を取材したのをきっかけに、ライフワークとして香薬師像の独自取材を継続。02年に退社後も、20年以上にわたり香薬師像の行方を追う取材活動を続けてきた。

その取材の果てに、昨年夏、ついに貴田氏は仏像の一部である右手を発見。その取材過程をまとめた『香薬師像の右手』を上梓したのだが、まさに運命や奇跡という言葉でしか表現できないほどの驚きの物語が綴られている。

発見までの過程が綴られた驚きの一冊(amazonはこちらから)

8世紀から奈良の新薬師寺に納められていた香薬師像。そのあまりの美しさから「黄金仏」と呼ばれ、病に苦しむ人のみならず、多くの人々の信仰を集めていた。ところが、この仏像はあまりの存在感ゆえに、明治時代に二度の盗難に遭ってしまう。

詳細は本書に譲るが、二度目の盗難時(明治44年)には「国宝盗難事件」として大いに世間を騒がせている。

その後、決死の捜査と住民の協力により発見されたのだが、受難は終わらない。太平洋戦争真っただ中の昭和18年(1943)、香薬師像は三度目の盗難に遭うのだ。

 

奈良県警は捜査本部を設置し懸命に捜査を行ったが、刑法上の時効を迎え、ついに「行方不明の国宝」となってしまった。

仏教・美術関係者の失望は大きく、05年発刊の『とんぼの本 国宝』(芸術新潮編集部)の中にも、「この仏像にピンときたら、すぐ一一〇番!」との文言とともに、香薬師像が紹介されていることからも、その消失感の大きさが伝わってくる。

まずはこの喜びに浸りたい

香薬師像の虜となり、その行方に強い関心を持った貴田氏は、長年の取材で培ってきた知識と人脈を最大限に活用して、この国宝の行方を追う。

新薬師寺本堂

香薬師は、過去二回の盗難時に右手部分が離れ落ちているのだが、貴田氏は「この右手を見た」という人物に巡り合う。そして、その証言をもとにさらなる調査を進め、ついに香薬師の右手を発見するのだ。『香薬師像の右手』に記された、ミステリー小説さながらの展開には驚かされるばかりだ。

今回、右手が発見されたことは美術史界・仏教界を驚嘆させるスクープであり、その歴史的な意味・意義は、徐々に徐々に、世間にも浸透していくはずだ。

一方で、気になるのは「本体」がどこにあるのか、ということだ。もちろん、貴田氏は本書の中でその点についても触れている。そのことに関心を注ぎながら、まずは古来より日本人が愛した仏像の一部が確認できたことを、歓迎し、喜ぶべきだろう。