エンタメ
公開から30年、いま初めて明かされる『ラピュタ』創作秘話
宮崎駿監督とスタッフの「青春と情熱」

『天空の城ラピュタ』。いわずと知れた宮崎駿アニメの名作だ。ところがここ数年ネット上では、TV放映されるたびにTwitterで「バルス」(クライマックスで放たれる滅びの呪文)と発信する「バルス祭り」なる遊びが恒例となっている。もはや作品の内容よりも「祭り」の熱狂に話題が集まっている面がなきにしもあらず……。

一方で、公開から30年の時が流れたにもかかわらず、宮崎監督がどのような試行錯誤を重ねて『ラピュタ』を産み出したのかは、ほとんど知られていない。

『ラピュタ』の制作進行をつとめていた木原浩勝さんがこのたび上梓した『もう一つの「バルス」 -宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代-』は、スタジオジブリ創設当時から名を連ねた制作スタッフならではの視点で、当時の監督の姿をつぶさに描き出している。

日本が空前のバブル景気に沸きかえる中、監督やスタッフはどのようにプレッシャーと闘い、どれだけの情熱を注いで『ラピュタ』をつくりあげたのか――木原さん自身に尋ねてみた。

「単なる15回目」ではなく

今年1月15日、日本テレビ系列「金曜ロードSHOW!」で通算15回目となる『天空の城ラピュタ』が放送された。

しかも特に今回はネット上の遊びであった「バルス祭り」を公認し、特設サイト「バルス!! みんなの時刻予想」なるものまで登場。オンエアの際には、CMのたびにテレビ画面上に「バルス」までのカウントダウンテロップが挿入されるという、前代未聞の珍事となった。

「今年(2016)はちょうど『天空の城ラピュタ』公開30周年にあたります。加えて、宮崎さんが『もう劇場用長篇アニメーションはつくりません』と引退宣言してから初めて放送された『ラピュタ』でした。

そもそも『ラピュタ』は、宮崎監督の初オリジナル原作・脚本作品であると同時に、スタジオジブリ設立第一作となった作品ですから、ジブリの歴史にとって、あの作品は非常に特別な意味があると思っているんです。ところがテレビ放送中では一度も『公開30周年』に触れることはありませんでした」

結果的に放送中に90万バルス(?)を記録し、祭りは盛り上がったといえるが、公開30年を知る往年のファンの声は賛同ばかりとは言い難い。そんなアンバランスな光景を目の当たりにした木原さんは、すこし寂しそうに胸中を物語る。

「もちろん、注目を浴びること自体はとても良いことです。”祭り”を通じて一体感や楽しみ方を広げるのもけっして悪いことではない。

けれど、公開・誕生30年の節目に当たる年に放送され、30年間ファンに愛され続けたからこその15回目の放送であると思っていたのに、これまで通りの放送のように映りました。

30年前の当時、あれほど大変な困難を乗り越えて作られたスタジオジブリのデビュー作なのに……。今になって僕がわざわざこんな本を書いた理由はそこにあります」

〔PHOTO〕Kiyoshi Mori

絶対に失敗が許されなかった作品

「この作品が失敗したら、次回作はありません」――1985年、スタジオジブリ創設当時、宮崎監督は『天空の城ラピュタ』制作に勤しむスタッフたちに向かい、ことあるごとにそう口にしたという。

「今でこそジブリ作品といえば、もうそれだけで好セールスが期待される状況にありますが、この頃の宮崎さんの名はアニメ好きの間では知られていても、一般的な知名度はまだそれほど高くはなかったと思います。

ましてや、できたての社名は知られていませんし、原作マンガなどないオリジナル作品ですからタイトルもキャラクターも知られていません。しかし成功させなければならなかったのです。その責任感からくるプレッシャーたるや、筆舌に尽くしがたいものだったと思います。

 

その上、スタジオ設立の第1号作品が公開に間に合わなかったら、コーポレイトアイデンティティは最初から大暴落です。できたてほやほやの会社にとって、そんな事態は絶対にあってはなりません。

スタッフ一同、死にものぐるいですよ。実際にフィルムが完成したのは公開の10日前。当時のフィルムは現像して乾かす工程が入ります。その後、全国の50近い映画館に届けるのですから、事実上、素直に『間に合った』とは言い難い状況でした(苦笑)」

ちょうどその前後、忙しさにかまけて1週間連続でスタジオに泊まり続けた木原さんは、宮崎監督から別室に呼ばれた。

「そういう時の宮崎さんは怖いんです。『俺、何をやったんだっけ?』とビクビクしながらついていくと……おもむろにこぼれ落ちた言葉は『臭うんですよ』。すぐに家に帰って、自分が脱いだ靴下の臭いを嗅いだとき、我がことながらのけぞりました(笑)。そうした忙殺期のエピソードなら山ほどあります」

木原さんが担当していた“制作進行”という業務は、全体のスケジュールはもちろん、個々の工程の進行状況を把握し、無事に公開へとこぎつけるまでの最終ラインを死守するポジション。いつもスムーズに仕事が進行するよう管理、調整、確認を随時行っていかなければならない上に、いざという時には何でも屋として駆け回ることになる。

「仕上げ作業を引き受けてくれそうな会社を見つけると、カバンの底に自費で購入したケーキを忍ばせて毎日通い詰めました。無名な上に実績の無い会社。おまけに宮崎さんの映画制作が楽なワケはないので、門前払いを食らうこともしばしばでした。すると、ケーキはそのつど自分で食べる羽目になる。

でもそんなことはちっとも苦じゃなかった。なにしろ、宮崎さんと一緒にエンドロールに名前があるのを見届けられるのなら死んでもいい、余力は絶対残さないと思っていましたから」