大谷翔平の陰に隠れた日本ハム「本格派右腕」の肖像
二宮清純レポート

周囲の心配を物ともせず、肘の古傷を見事に克服した本格派右腕は、2年目にしてチームの勝ち頭に上り詰めた。夏場の不振も乗り越え、日本一への準備は整った。

大谷翔平の陰で

最大11・5ゲーム差からの逆転優勝は、なるほど「メークドラマ・北の国から」と呼ぶにふさわしい。

北海道日本ハムを4年ぶりのリーグ優勝に導いたのは二刀流・大谷翔平だ。優勝を決めた9月28日、敵地での埼玉西武戦では異次元のピッチングで15奪三振、1安打完封という離れ業を演じた。

大谷のケタ外れの活躍の陰に隠れた感はあったが、この男の仕事ぶりも見逃すわけにはいかない。

2年目の有原航平である。11勝(9敗)はチームの勝ち頭だ。

開幕前から周囲の期待は大きかった。監督の栗山英樹には「今年は頼むぞ」と肩を叩かれた。

「監督から、ここをこうしてくれ、ああしてくれと言われたことは一度もないのですが、信頼の大きさは、入団時からずっと感じていました」

だがチームは笛吹けど踊らず—。首位を走る福岡ソフトバンクが3位・日本ハムに11・5ゲーム差をつけたのは6月24日のことである。

この時点で、日本ハムの大逆転を予想した者は、ほとんどいなかったのではないか。夏の盛りを前に、もう秋風か……。そんな思いにさせられた。

それが、どうだ。交流戦終盤の6月19日から勢いに乗った。球団史上初の15連勝。有原はそのうちの3勝に貢献した。

どういう気持ちでソフトバンクを追いかけていたのか。

「チームの中に諦めムードはまったくなかった。ずっと、まだ巻き返せるぞ、という思いでやっていました」

2つ年下の大谷とは、どんな会話をかわしていたのか。

「特に優勝を意識するような話はしなかった。普通に〝頑張りましょう〟という感じですよ」

愚問を承知で聞いてみた。大谷のストレートは、やはり規格外か。

「大学時代にも速いピッチャーはたくさん見てきました。法政大の三嶋一輝さん(現横浜DeNA)、慶応大の福谷浩司さん(現中日)。でも彼の球は、また違うんです。言葉で説明するのは難しいのですが、とにかくスゴイとしか言いようがない」

日本ハムに今季初めてのマジックナンバーが点灯したのは9月22日、ヤフオクドームでのソフトバンク戦だ。

マジック6。立役者は7月22日のオリックス戦以来の勝ち星となる11勝目をあげた先発の有原だった。

ゲーム差なしで迎えた前日の試合でソフトバンクを8回1失点に封じ、チームを8日ぶりの首位に導いた大谷から朝、声をかけられた。

「つなぎましたからね」

 

長く暗いトンネル

大役である。リーグ10勝一番乗りを果たした有原だが、7月後半から調子を崩し、長くて暗いトンネルの中をさ迷っていた。もがけばもがくほど深みにはまっていった。

不振の原因は、誰あろう自分自身が一番、よくわかっていた。

「春から夏にかけてはカットボールがピュッと打者の手元で曲がった。それが最近は切れがなくなっていた。といって、疲れが溜まっていたわけではない。どこか、体のバランスが悪くなっていたのだと思います」

ピッチングコーチの吉井理人からも話を聞いた。

「普通、カッター(カットボール)という球種は右ピッチャーが左バッターを封じるためのもの。ちょっと食い込ませるだけで効果があるんです。ところが、有原はなぜか左バッターに対しては、あまり用いない。感覚的なものもあるんでしょう。

ただ、切れ自体は素晴しい。バッターの手前でピュッと曲がる。日本のピッチャーで本物と呼べる純粋なカッターが投げられるのは、僕が見た中では有原とソフトバンクの森唯斗くらいですよ。

それが、なぜ悪くなったのか。(右バッターが)慣れてきたからでしょうね。改善策?真っすぐを増やすか、(カッターの)コントロールをよくするしかない」

そもそもカットボールとは、どんなボールなのか。握りはストレートと同じだが、人差し指をやや中指側にずらし、リリースする際、指先に力を込める。ストレートと球速がほとんど変わらないため、打者は見極めがつかないのだ。

有原のような右ピッチャーの場合、左打者に対しては食い込み、右打者からは逃げていく。バッターにすれば詰まらされたり、泳がされたりするため、ジャストミートするのには骨が折れる。

カットボールを、より有効に活用するにはストレートに磨きをかけなければならない。バッターの目にはストレートと映るのに、ほんの少し曲がる。あるいは食い込む。だからこそ効果を発揮するのだ。

逆に最初からカットボールだと読まれて待たれたら、変化の幅が小さいため、これほど打ちやすいボールはない。

また変化の幅が大き過ぎるのも、このボールにとっては困り物だ。手元でのわずかな変化だからこそ、バッターは〝こんなはずじゃない〟と打ち損じてしまうのだ。

ホームベースの手前で変化の兆しがうかがえれば、プロのバッターなら容易に対応してくる。

カットボールの使い手として知られるセ・リーグのあるベテランピッチャーは、このボールを「魔球」ではなく「麻薬」と表現した。

「覚えたての頃は、おもしろいように凡打の山を築くことができた。特にゲッツーが欲しい時にはこのボールは効果的です。

しかし、このボールに頼り過ぎるとストレートの切れがなくなってしまう。ストレートあってのカットなのに、カットあってのストレートとなれば、バッターは打席で余裕を持つようになる。他球団のことだから詳しくはわかりませんが、有原君もこの罠に落ちたんじゃないでしょうか……」

8日ぶりの先発となった9月22日のソフトバンク戦は、有原にとって〝背水のマウンド〟だった。しかもペナントレースの天王山。敵地での大一番とくれば、背中にのしかかる重圧は尋常ではない。そんな状況下で有原はガラっとピッチングスタイルを変えてきた。

得意のカットボールを封印し、ストレートとフォークボールを中心にピッチングを組み立てたのである。

圧巻は2対1で迎えた4回裏だ。5番・松田宣浩にレフトへのツーベースを打たれて招いたピンチに、6番・長谷川勇也、7番・吉村裕基、8番・江川智晃を3者連続三振に切ってとった。空振りを奪ったのは、すべてフォークボールだった。

「今日は腕が振れていたのでフォークが使えた」

6回2失点。復活を告げる2ヵ月ぶりの白星だった。

「このゲームのキーマンはキャッチャーの大野奨太だったと思いますよ」

独自の視点を披露したのはOBの評論家・岩本勉だ。

「これまでは市川友也とバッテリーを組んでいたが、この日、マスクをかぶった大野は有原の新しい可能性を引き出そうとして、カットボールのイメージの強い彼に、フォークを多投させた。ホークス打線は明らかに面食らっているようでした。この作戦は大成功。ピッチャーというのは頑固な生き物ですが、切羽詰まった状況が、有原を素直にさせたんじゃないでしょうか……」