電力
トロッコ電車に揺られ、峡谷の最奥「黒部ダム」へ行ってきた
関西地方の電力需要を支える要衝

宇奈月から黒部川を遡る

黒部ダムに行った。3年前は、長野側から関電トンネルを通ってトロリーバスで入ったが、今回は富山側から。

ちなみに東京から黒部川の下流にある「黒部宇奈月温泉」駅までは、北陸新幹線を使えば2時間20分ほどで着く。しかも、1分の狂いもなく! こんな手品のようなことは、日本以外では起こり得ない。

翌朝早く、黒部峡谷鉄道のトロッコ電車で宇奈月駅を出発。黒部川に沿ってグネグネと遡る。始発の宇奈月駅の標高が224mで、終点の欅平が599m。

トロッコ電車の軌道の幅は普通の電車より狭い。連結する客車が増えたときは、傾斜がきついところで息切れしないよう、機関車が2両付いている。

宇奈月駅に停車するトロッコ電車(筆者撮影)

客車の方は、屋根があり、窓がついた、いわゆる“普通”の車両と、屋根だけはあるが、壁も窓もない、ただベンチが並んでいるだけの遊園地のチンチン電車風のオープンカーとがある。終点まで1時間15分もかかるので、雨が降ったり、肌寒かったりしたら、この吹きさらしの硬いベンチに座っているのはかなりの苦行であろうと想像する。

黒部峡谷は秘境で有名だ。黒部川の源流は北アルプスの鷲羽岳で、2924mという高所にある。川は、最初のうちこそ山奥の台地をゆるやかに流れているが、〈 やがて恐ろしい流れとなって、70キロほどを狂気のように北に駆け下り、ようやく富山県愛本のあたりで平地に出て、肥沃な黒部平野を造ってから、富山湾の東端で日本海に注ぐ 〉 (『黒部の太陽』木本正次著)のである。

〔PHOTO〕wikipedia

しかも、その周りには「日本の屋根」と呼ばれる3000m級の山々が連なっている。富山側から黒部峡谷には、長いあいだ通じる道さえなかった。そこをいま、トロッコ電車が走っている。

トロッコ電車というのは、「レールの上を走る小型運搬車。鉱山・土木工事用」と、講談社の日本語大辞典には書いてある。黒部のトロッコ電車も、ここにダムや発電所を造るとき、資材や作業員の輸送のために建設された。当時はもちろん、壁や窓のある車両などなく、それどころか屋根もなかった。

黒部川で最初の柳河原えん堤の建設が始まったのが大正13年。トロッコ電車の線路の敷設工事が始まったのが、その前年の12年だ。徐々に線路が延長され、昭和12年にようやく現在の終点である欅平までの20.1キロが完成した。その間に黒部川沿いには発電用のダムが次々と建設され、今では5基(最初の柳河原えん堤は現存しない)。この中で一番巨大、かつ有名なのが最上流にある黒部ダム、通称「クロヨン」だ。

〔PHOTO〕wikipedia

トロッコ電車が整備された当時から、この電車に乗ってみたい人は多く、自己責任ということで乗せていたという。「乗車券」ならぬ「便乗証」には、「便乗の安全については一切保証いたしません」と明記してあった。

今ではトロッコ電車は観光の目玉で、ちゃんと「乗車券」を持った客が乗るようになったが、基本的には発電所やダムの整備、運営などに従事している人々のための電車だ。私が乗ったのは日曜だったが、朝7時、宇奈月駅の構内で、大勢の工事関係者が始発電車を待っていた。

 
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