防衛・安全保障
三菱重工がまさかのトップ転落…日本の「防衛産業」に異変アリ!
国際競争でも敗北続き…

「一民間企業の経営ミス」では済まされない

日本の防衛産業で異変が起こっている。

その一つが、昨年秋に実施された2020年に竣工予定の新型イージス艦(1番艦)の入札で本命視されていた三菱重工業がジャパンマリンユナイテッド(JMU)に敗れたのに続き、今夏に行われた2番艦(21年竣工予定)の入札でも同様に三菱重工がJMUに負けたことだ。

現在6隻就役しているイージス艦のうち5隻を三菱重工が建造している。残り1隻はIHI(石川島播磨重工業)製。JMUとは、IHI(石川島播磨重工業)、住友重機械工業、日立造船、旧日本鋼管の造船部門が統合して発足した造船会社である。

日本の防衛産業で圧倒的な存在感を誇ってきた三菱重工の凋落は、「異変」の大きな要因だ。

2015年度の防衛装備庁の「中央調達実績額」によると、三菱重工は、川崎重工に追い抜かれて2位に転落した。ちなみに川崎重工に対する調達額は2,778億円、三菱重工は1,998億円だった。防衛産業の関係者はこうもらす。

「これまでに三菱重工がトップから転落したという記憶がない。おそらく初めてのことだろう」

三菱重工はこれまで自社のプライドをかけて、コストを無視してでもイージス艦の受注を獲得してきたとされるが、経営状況がそれを許さなくなっている。

「これまでは日本の防衛産業を牽引してきたとの自負から赤字覚悟で受注してきたのを、今の経営陣が絶対に認めなくなったからではないか」(前出・関係者)

三菱重工の造船部門は火の車だ。外資から豪華客船を約1,000億円で受注したが、仕様変更を度々繰り返して基本設計に見込み以上の日数がかかったうえ、製造現場で納入直前の今年1月に不審火が3回連続で発生したため、納入が遅れた。

この客船事業では受注額約1,000億円に対して、14年3月期から16年3月期までに逐次的に特別損失を計上し、その総額は2,374億円に達した。これを受けて三菱重工では16年4月、社長直轄の事業リスク統括部を新設したほどだ。

さらに16年8月には、三菱重工はこれまで他社と提携していなかった造船事業の方針を転換、中堅の3社、今治造船、大島造船所、名村造船所と商船事業で提携する方針を発表した。中堅3社のコスト削減などのノウハウを取り込みたい考えだ。

技術力の低下も目を覆うばかりで、13年には三菱重工建造のコンテナ船がインド洋を航行中に就航からわずか5年しか経過していないのに、世界初の素材を使ったとされる船体が二つに割れて沈没する事故も起きた。

 

造船以外でも苦境は続く。約40年ぶりの日本独自の旅客機生産となる「MRJ(三菱リージョナルジェット)」は昨年、開発から7年を経て初飛行に成功したものの、当初計画から4年も遅れた。設計変更を繰り返しているため、18年半ばとされた納入時期もさらに延期される見通しだ。これによって受注キャンセルというリスクも浮上している。

遅延が繰り返される主な理由の一つは、部品などを仕入れる欧米の民間企業とうまく交渉できなかったため、とされる。

MRJの開発には、三菱重工の年間営業利益額に匹敵する3,000億円を超える資金が投入された。納入時期が遅れれば売上の回収も遅れ、キャッシュフローが苦しくなる。

【PHOTO】gettyimages

三菱重工の凋落は、「一民間企業の経営ミス」では済まされない。三菱は戦前から日本の軍需・国防に貢献してきた企業だ。今後の日本の防衛戦略にも影響しかねない。

「三菱は国家なり」――。これは三菱財閥の祖、岩崎弥太郎が政商として国家に深く関わり、国家の発展に寄与したイメージから語られる言葉だ。

戦前に「ゼロ戦」や「戦艦武蔵」を造り、戦後もイージス艦、H2Aロケットなどを生産、つねに国家プロジェクトに貢献してきた。日米のミサイル防衛計画にも深く関与しているとされる。三菱重工の経営が悪化すれば国家プロジェクトの進捗にも大きく影響するだろう。

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