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デキる男にはひと目で“正解の女“が見えてしまう、という揺るがぬ持論

あなたの隣にはどんな女性がいますか?

存在が半分とけ合うような関係

かつて一世を風靡した音楽プロデューサー、加藤和彦と作詞家の安井かずみのカップルは、今もひとつの伝説でありつづけている。ご存じの通り、安井かずみは1994年に55歳の若さで他界しているが、最期の日まで、片時も離れずそばにいたのが、この8歳年下の夫だった。

アーティスト同士のカップルはお互いの才能をも一緒に求め合うせいか、関係はきわめて濃密なものになりがち。もちろんそこには嫉妬も入りこむから、一転憎しみ合い、殺気だって別れるケースも少なくないが、うまくすれば一般的なカップルではなかなか到達できない“一卵性夫婦”のような、まさしく一心同体的な関係を築きあげたりもする。

この夫婦も17年間の夫婦生活のうち、別々に過ごした時間を全部合わせても10日間分に満たないというほど、一緒にいることは「呼吸するぐらいに当たり前のこと」で、話すことが尽きなかったから一緒にいつづける夫婦だったのである。とは言えお互いを“空気のような存在”などとは決して言わない。ずっと一緒にいなければ終わらないくらいに話すことがたくさんあったのだ。

作曲家と作詞家の夫婦は、「パパ・へミングウェイ」や「うたかたのオペラ」など、コンビでの作品はもちろん、そのライフスタイルで横文字文化を、80年代の飢えた日本にどしどし持ち込んだ。2人が一緒にいることが、この世にない喜びを生み出し、世間がそれに拍手する。だから、一緒にいるだけで猛烈に幸せな、こんなカップルはないだろうという意味での、奇跡……。

〔PHOTO〕iStock

しかしそういう幸せほどモロいことも、このカップルは証明してしまう。

乙羽信子の死に際して、新藤兼人監督が「夫婦は一緒に終われない」と言ったように、妻の死によって突如幕を下ろす。そして残された夫が「心の中の妻とずっと一緒に生きていく」と誓ったその1年後に、オペラ歌手、中丸三千繪と結婚してしまった時、片時も離れぬ闘病生活のことも含めた美しい夫婦愛に涙した人も、これには戦慄したもの。

わからなくもない。体半分を無くしたくらいの強烈な喪失感と、想像を絶する孤独の日々を強いられたはずで、生物学的に淋しさに弱い男には命にも関わることだった。たぶん1年が限界だったのだろう。亡き妻と出会わなければ、こんな孤独も知らずにすんだのに……。

 

しかしオペラ歌手との結婚も5年で破綻。あのような完全な時間は持てないことを知ったから? それこそ、片方が亡くなった時、奇跡の組み合わせは耐えがたい虚しさを生んでしまうのだ。やがて、この人が自ら命を絶ってしまったのも、心のスキ間が最後まで埋まらなかったから? とも言われた。

であるなら、そんな出会いはいらないという言い方もできるけれど、ぼんやり生きていたら、決して体験できない人と人との交わり。もちろん、同性同士では到達できない、ましてや寝食を共にし、愛がなければならないという条件をクリアして初めて生まれる、存在が半分とけ合うような関係。両者共にズバ抜けた感受性と知性をもった男女しか行き着けない境地。この世の中にそういうものがあるなら、やっぱりその喜びを知ってから死にたいと、そうは思わないだろうか。