ゴルフ
追悼アーノルド・パーマー 現代ゴルフ界の礎を築いた男の「背中」
あなたはみんなのお手本だった
〔PHOTO〕gettyimages

10月4日(米国時間)の朝。ペンシルベニア州ラトローブのセント・ビンセント大学大聖堂にはアーノルド・パーマーのメモリアル・サービスに参列する人々が続々と詰め寄せていた。

パーマーが87歳で逝去したのは去る9月25日。それから1週間以上経ってからこの葬儀が執り行なわれたのは、逝去の翌週に米欧対抗戦のライダーカップが予定されていたからだ。

 

パーマー自身も1975年にキャプテンを務めたライダーカップは、米国の名誉をかけた大切な戦いだ。

「祖父は自分の葬儀がライダーカップの邪魔になってはいけない、邪魔したくないと思っているはず」とは、パーマーの孫で米ツアー選手のサム・サンダースの言。

そんな親族の意向によって、パーマーの葬儀はライダーカップ終了の翌々日のこの日に設定された。

ライダーカップの会場に設置されたボードには選手もファンも追悼コメントを書き込んだ 〔PHOTO〕gettyimages

近郊のアーノルド・パーマー・リージョナル・エアポートには各界の要人やトッププレーヤーを乗せたプライベートジェットが次々に降り立った。

大聖堂前の広場には、かつて“キング”から王座を引き継いだジャック・ニクラスを筆頭に、トム・ワトソンやニック・ファルドといった往年の名プレーヤー、アーニー・エルス、フィル・ミケルソン、そして現代と未来のゴルフ界を担う若い選手たちの姿もあった。

その昔、アーニーズ・アーミーと呼ばれたパーマーの追っかけ隊に籍を置き、今は70歳代、80歳代になっている元メンバーたちもパーマーを慕う一般のファンも後から後から詰め寄せた。

〔PHOTO〕gettyimages

プロゴルファーとしての「在り方」

先週のライダーカップで8年ぶりの米国勝利に貢献したリッキー・ファウラーが、奪還したばかりの優勝カップを抱いて大聖堂の階段を昇っていった。そして、アシスタント・キャプテンを務めたバッバ・ワトソンとともに優勝カップを祭壇に飾り、現代のゴルフ界の礎を築いた“キング”に勝利を捧げた。

「ミスター・パーマーが行なってきたことは、インサイドロープでもゴルフから離れた場所でも、どんなところでも彼をキングたらしめた。世界中が彼を決して忘れない」

ファウラーはパーマーの現役時代をまったく見たことがない。だが、アーノルド・パーマー招待などいくつかの大会で見たり接したりしたパーマーは、すぐさま彼の憧れの人になったそうだ。

左から、リッキー・ファウラー、バッバ・ワトソン、フィル・ミケルソン〔PHOTO〕gettyimages

振り返れば、パーマーのスター選手としての「在り方」は、ミケルソンやファウラーの中にもしっかりと息づいている。

かつて、全米オープンでパーマーと練習ラウンドを回ったミケルソンは、ラウンドを終えたその足でボランティアテントへ向かい、ボランティア全員に声をかけながら握手をするパーマーに衝撃を受けた。

求められれば30分でも1時間でもサインや握手に応じ続けるサービス精神旺盛な今のミケルソンは、そうやって生まれ出た。

そんなミケルソンに倣い、ファウラーもまたファンサービスを誰よりも大切にする選手になった。優勝争いで惜敗した直後でさえ、サインや握手を決して拒まず、笑顔で記念写真に収まるファウラーは、そうやって生まれ出た。

パーマーからミケルソンへ、ファウラーへ。みんなから愛され、みんなを愛する米国のスタープレーヤー。それはパーマーが何より望んだプロゴルファーの在り方だった。

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