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ジャニーズ事務所はなぜSMAPを潰したのか
「ザ芸能界 TVが映さない真実」第1回 
田崎 健太 プロフィール

「郷ひろみのときとは違う」

ただ、メリーを巷間言われているような「女帝」と呼ぶのには違和感があるというのは、かつてジャニーズ事務所に所属していた豊川誕である。

58年生まれの豊川は、両親の顔を知らない。二歳のときに公園に遺棄されているのを発見され、児童養護施設で育った。大阪で働いているときにジャニーズ事務所関係者と知り合い上京、75年3月に歌手としてデビューしている。

「ジャニーさんはもちろん、メリーさんから叱られた記憶はないです。子どもが好きだったんでしょうね。そして女性だから気遣いが細かかった。ぼくがデビューしたときの衣装はメリーさんが作ってくれました」

メリーもまた、ジャニー同様にファンを重視した。そしてファンクラブという組織の力を早くから理解していた。

「ファンクラブの会員に、テレビ局へ『ジャニーズ事務所の人間を見たい』という手紙を出させるんです。メリーさんの指令ですよ。視聴率が欲しいテレビ局は、そういう手紙に弱いということを良く分かっていたんです」

一部報道によると、SMAPの年間収入は約250億円、解散によるジャニーズ事務所の損失は少なく見積もって70億円だという。前出の萩原が言うようにメリーが賢明な経営者ならば、みすみすこうした利益を捨てたのは奇異に映る。

 

75年、当時の看板タレントであった郷ひろみがバーニングプロダクションへ移籍したことがあった。このときは仲介者が入り、移籍金を支払うことで決着したといわれている。だが、ある芸能関係者は「郷ひろみのときとは、SMAPは周囲の環境も動く金も全く違う。移籍はあり得なかった」と言う。

SMAPは、ジャニーとメリーが長年にわたって築き上げてきたビジネスモデルの枠から外れてしまったのかもしれない。

では、他の大手芸能事務所はSMAP解散をなぜ静観したのだろうか。

〈第2回はこちら

「週刊現代」2016年10月8日号より