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ジャニーズ事務所はなぜSMAPを潰したのか
「ザ芸能界 TVが映さない真実」第1回 
田崎 健太 プロフィール

「You、すごくいいよ」

ジャニーズ事務所で最初に大成功を収めたのは、北公次、青山孝史、江木俊夫、おりも政夫の四人からなる「フォーリーブス」である。その中の一人、おりも政夫は当時の思い出をこう語る。

「ジャニーさんのいいところは、どんなに忙しくても年に2週間から1ヵ月は所属のタレントをアメリカに連れて行ってくれること。そこでショーを見させたり、レッスンを受けさせたりするんです。ジャニーさんは、教えるよりも見るほうが早いと考えていた。一流のショーを見させてどんどん吸収させる」

53年生まれのおりもは劇団若草に所属して子役として舞台に出演していた。その後、ジャニーズの解散ミュージカルに出たことがきっかけで、ジャニーズ事務所に入っていた。

「劇団にいたときは、厳しく欠点を指摘されました。そこから這い上がってこいということだったんでしょう。一方、ジャニーさんは『You、すごくいいよ』って。子どもは褒められたら嬉しいし、よし頑張ろうという気になれる。ジャニーさんは子どもの長所を引き出すやり方を知っていました」

ジャニーの口癖は「君たちはアイドルじゃない」というものだった。

「大きなミュージカルに出られるミュージカルタレントになりなさい。歌、踊り、芝居の三つの要素を勉強しなさい」

ジャニーはファンの気持ちも分かる人間だった。

 

「ぼくたちがフォーリーブスとして売れ出すと、ファンが付くようになったんです。でも舞台では笑顔で対応していても、例えば車で移動するときは無愛想になっていた。

そのときにジャニーさんがこう言ったんです。『なんでファンに手を振ってあげないんだ。ああいう子たちが一番、君たちを応援してくれているんじゃないか。あの子たちはずっと君たちを待っていてくれたんだよ、そっぽ向いちゃいけないんだ』と。そしてジャニーさん自ら、車の窓を開けて、ファンに対して手を振っていました」

そのジャニーの姿勢は今も変わっていない。チケットはほとんどファンクラブ会員を対象に販売し、価格は1万円以下に抑えている。若いファンたちが出来るだけ足を運びやすいように、という配慮である。

ジャニーと30年以上付き合いのある元テレビ局幹部は、ジャニーズ事務所の要諦はジャニーの目利きにあると指摘する。

「ジャニーさんは稽古場でどんどん踊らせていって、目に付いた子を前に出して行く。それを繰り返して、グループが出来ていくんです。

正直なところ、ぼくにはどの子がいいかなんてさっぱり分かりませんでした。そして個性の違った子どもを組み合わせていく。すべてジャニーさんの感性なんです」

そして、ジャニーはネーミングの天才でもあると付け加えた。

「田原(俊彦)、野村(義男)、近藤(真彦)に『たのきんトリオ』と名付けたのもジャニーさん。『そのまま読めば、タノコンじゃないの』とぼくが訊ねると、『まあ堅いこと言わないで』と苦笑いしていた。

KinKi Kids、光GENJI、関ジャニ∞などの名前も全部彼がつけた。それぞれ全くテイストが違う名前を付けるのが、彼の凄いところですね」

ジャニーは少年たちをどのように育てるか、だけを考えて生活している男だった。食事は少年たちと一緒にファミリーレストランで取る。身につけるものにも頓着しない。合宿所に置いてある少年たちの服を着て外出してしまうこともあった。

また、ジャニーは徹底した現場主義者である。コンサート会場では、しばしば彼の姿を見つけることが出来る。関係者が「ジャニーさん」と挨拶すると「ファンの子はぼくのことを知らないんだから、ジャニーって呼ばないで」と返すという。