作家・戌井昭人が選ぶ「面白い生き方を教えてくれた10冊の本」
偏ってるから、いいんだ
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「得体の知れなさ」に夢中になった

既にそこにあるもの』は、僕の指南書のような一冊です。

物事を評価する際の一つの軸として、〈新しいか古いか〉があります。が、新・旧とは関係なく、自分の好きなものを見つけてそれに突入していこうという気持ちにさせてくれた。むしろ偏っていいんだと教えてくれたのがこの本なんです。

読んだのは劇団を立ち上げた20代のとき。行動力だけはあって、当時から好きなことをやっていたんだけど、自分の言わば行動原理のようなものがわからぬまま、やみくもに動いていた頃でした。

この本を読んで初めて、自分がなぜこれをやっているかが腑に落ちたんですね。そういう意味で、僕の行動に理由付けを与えてくれた本と言うこともできる。以来、「やりたいことを素直にやる」を信条としています。

学生時代から、どんどん動こうという思いは強くありました。野田知佑さんの『日本の川を旅する』に影響を受けて、どこへでも行ける気になったから。テントを担いで、本にも出てくる長良川には何度も行きましたね。

ただ僕の場合は野田さんのような本格的な冒険ではなく、歩いてうろうろする程度。それでも郡上八幡で会った人の家に泊めてもらったことなど、いい思い出がたくさんあります。

どういうわけか、旅先で読んだ本は印象に残っているんです。タイのプールで『予告された殺人の記録』を読み始めたら夢中になってしまい、何十回と読み返しました。舞台となるコロンビアの街の、愛憎が渦巻く濃密な世界の中にどっぷりと浸かりましたね。

30代になり、小説を書こうとしていた頃に読んだのが、リック・バスの「見張り」です。お前が好きそうな小説だぞ、と友人に薦められて読んだら、びっくりするくらい面白かった。

出てくるのはアメリカの荒涼とした田舎町で食料品店を営む親子と、彼らの店にやってくる自転車乗りのほぼ3人だけ。店先で楽しくコーラを飲んだりと描写は写実的なんだけど、展開はどんどんぶっ飛んでいくんです。訳者の柴田元幸さんの言葉を借りれば「何のこっちゃ」の物語。不条理でもなければヒューマニズムもへったくれもない、得体の知れない話に、やられました。

なぜこんな小説を書いたのか、著者の意図が全くわからない(笑)。リック・バス本人に聞いてみたくてたまりません。

ちなみにリック・バスは、今はモンタナの自然に関するエッセイなどの執筆が多いようで、自分は他に「準備、ほぼ完了」くらいしか読めていません。著者自体もナゾで興味深いです。

この作品を読んで、ああ、オレもこういう小説が書きたいんだなと、自分の書きたいものの輪郭がはっきりしました。つまり「何のこっちゃ」と言われたいんだと。正直言って、ヒットはしなそうだけど(笑)、こういう小説が書きたい。だけど僕はまだまだです。