野球
「出戻り」新井貴浩、屈辱と意地の物語 〜裏切り者の烙印を押されて
恩返しはまだ終わっていない

どのツラ下げて帰ってくるんじゃ——。罵られても仕方がない。それでも、再び受け入れてくれたファンの思いに応えるには、勝つしかない。覚悟を胸に古巣に戻り、チームを頂点に導いた男の軌跡。

「裏切り者」の烙印

悲願の25年ぶりの美酒に酔い、9月15日の昼に優勝後初めて凱旋した広島カープナインの乗る新幹線をJR広島駅で待ち受けていたのは、1500人を超えるファンの大歓声だった。

「よく頑張った!」

「ありがとう!」

ファンのあまりの熱狂ぶりに、選手たちも驚きの表情を隠せない。

中でも、この光景を一番信じられなかったのは、新井貴浩(39歳)かもしれない。

新井の最初のカープ在籍時代、二軍監督や一軍内野守備走塁コーチとして入団時から指導してきた山崎隆造氏が言う。

「出戻りという難しい立場からスタートして、実力でレギュラーを獲得し、チームを栄光に導いた。本当に、よく頑張ってくれたと思います」

新井が、長らく下位に沈む広島を捨て、阪神へのFA移籍を決断したのは'07年のオフのこと。

「つらいです。カープが好きだから……」と声を詰まらせ、「喜んで出て行くわけではない」とまで言い残すなど、カープへの未練を涙ながらに語った。

明けて'08年4月1日の広島戦。阪神に移籍してはじめての広島市民球場(当時)での試合。

試合開始前の打撃練習を終えた新井に、スタンド最前列に座る1人のカープファンが叫んだ。

「新井ーっ、裏切り者!」

異様な空気にスタンドがシンと静まり返るなか、なおもファンの叫び声が響く。

「裏切り者ーっ!」

周囲が早く阪神ベンチに入るように促すなか、新井はベンチ前でピタリと足を止めると、スタンドをじっとみつめ、叫び声がやむまでずっと立ち尽くしていた。

 

スポーツ報知元記者で半世紀近くに渡ってカープを取材してきた駒沢悟氏が回想する。

「そんなにカープが好きなら、なぜ出ていくのか、とファンは憤っていました。駒沢大学時代、実力がプロのレベルにないと言われていた新井を、カープはドラフト6位で獲得し、猛特訓で本塁打王を獲得するスラッガーにまで育て上げた。

その過程をずっと見てきたファンの新井への思い入れは相当なものがあります。愛情が深いぶん、出ていくと言われて『裏切られた』という気持ちになるのも無理はない」

広島に生まれ、自身も物心ついたときからカープファン一筋という新井が苦渋の決断をした陰には、低迷するチームの状況、そして何より、兄と慕う現阪神監督・金本知憲の存在があった。

「入団当初からシゴきにシゴかれていた新井を折に触れ気にかけていたのが金本でした。食事に連れて行っては、『お前が生き残るには、キツイ練習にも耐えるしかないんじゃ』と励まし続け、二人でジムに通い、人知れずマンツーマンでバッティングフォームをチェックしていた」(駒沢氏)

誤解された阪神時代

広島の球団関係者が続ける。

「実は、新井は甘えたがりの性格。彼自身も認めていますが、誰かにやらされれば猛練習も耐えられるけれど、自分で自分を極限まで追い込めるタイプではない。

そんな彼にとって、愛情をもって叱咤してくれる金本は、精神的支柱であり、絶対的な存在。世間で言われるような、仲の良い先輩・後輩関係だけでは語れないものがあります」

その金本が阪神へFAしたのが'02年オフ。残された新井は以後ずっと、「もう一度、金本さんと野球がしたい」という気持ちを抱き続けていた。

だが、新井の意志を聞いた当の金本は、移籍を思いとどまるよう、繰り返し言い聞かせたという。