歴史
北方謙三「最後の歴史小説」~加賀一向一揆に燃えた男達の雄姿を見よ
衰え知らずの魅力をインタビュー

100年続いた日本の「独立国家」

――本作『魂の沃野』は、室町時代後期に加賀で起こった「一向一揆」を舞台に、蓮如、富樫政親との奇縁から、闘いに身を投じることになった侍・小十郎の活躍を描いた歴史巨篇です。

この時代の加賀を書いてみたいと思ったのは、20代半ばの頃でした。当時の私は歴史の本に触れ始めた時期で、日本の中に「独立国」が形成されたことが2回あったことを知って驚いたんです。

そのうちのひとつは、南北朝時代に懐良親王が九州に作った「征西府」。これについては、僕が歴史小説として最初に取り組んだ『武王の門』で書きました。そしてもうひとつの独立国が、一向一揆の起こった加賀でした。

一揆後の加賀は、戦国大名の介入を排し、本願寺の僧侶、地侍、そして商人による合議制に基づく統治を約100年も続けた。これは日本の歴史上、特筆すべきことです。では、この「独立国」はどのように成立したのか。自分の想像力を駆使して、その誕生に至る過程を描きたいと思ったんです。

ただ、一向一揆を描く上で難しかったのが、史実において屹立した人物がおらず、またどうしても宗教性を帯びてしまうことがありました。そこでニュートラルな立場の戦術に長けた地侍として小十郎という人物を構想し、主人公としました。

――物語序盤の政親と幸千代の戦いにおいて、加賀の地侍たちは戦況を見極め、優勢な側に加勢します。この時代の武士には、ひとりの主君に尽くすという「忠義」の精神が希薄なようですね。

いわゆる「忠義」の概念ができたのは、戦国時代の中期以降で、この時代にはまだなかったんです。むしろ、この頃の武士は「一所懸命」と言われるように、自分の領土をきちんと保証してくれる主君であれば、誰であっても命を捧げるという考え方でした。当時の地侍たちは「情」で動くのではなく、あくまで実利を考えて、どちらにつくかを判断したのです。

戦の後、小十郎は親しくなった政親からの「家人になれ」という誘いを断りますが、これも実利を考えた結果です。

――幸千代を破って加賀の守護となった政親は、将軍・足利義尚の下に各国の守護がつき、さらにその下に地侍が連なるという、いわば「ピラミッド型」の統治構造を理想とします。そして、その理念のもと、指示に従わない地侍たちを徹底的に討伐します。

かつての武家政権であれば、政親の理想は正しいものだったでしょう。

しかし、「応仁の乱」以降の日本は、細川・山名という二大大名が国を二分する争いを繰り広げ、将軍の権威は低下する一方でした。そんな時代に、将軍を中心とする秩序を求めても、共感する者はいない。将軍の権威復活にばかり力を入れ、自分たちには重い年貢を課す政親のやり方に、多くの地侍が不満を抱いていったのです。

――その一方で、政親は領内に増え続ける本願寺門徒が、いずれ加賀を支配するのではないかと危惧します。

当時はどこの国でも、信仰のためなら自らの命を落としても構わないという本願寺門徒を脅威と感じ、その抑え込みに躍起となっていました。とりわけ加賀の場合は、長く政親と幸千代による内紛が続いていたために締め付けが弱く、その間に布教が進んでいった。

また、本願寺を率いていた蓮如上人に加賀を本願寺の国にしたいという思いがあったことも確かです。