週刊現代
いま、あえて『失楽園』(97年)を読んで分かったこと
これは、究極の俗物小説だ

祥一郎と凜子「利己主義者」の末路

複数の読み方ができる小説だ。恋愛小説、不倫小説などの読み方が普通と思うが、筆者は俗物小説として読んだ。
 
1996年10月5日に軽井沢の別荘で、久木祥一郎(55歳)と松原凜子(38歳)が青酸カリ自殺を遂げた。2人は、全裸のまま強固に抱擁し、

〈局所まで接合したまま、死後硬直の最も強い時間帯であるため、容易に離し得ず、警官2名にてようやく2人を分か(った)〉

ということだ。これが死後も2人が結ばれていた愛の証と見るか、気持ち悪い死に方をして迷惑だと考えるかは読者の受け止めによって変わるのであろう。

渡辺淳一『失楽園』1997年初刊、現在は角川文庫で入手可能

祥一郎の過去については書かれていないが、恐らく、難関大学(私大の雰囲気がする)を卒業して、給与の良い大出版社に入った。仕事も一生懸命やったし、組織もそれを評価する。しかし、それは部長職までで、役員以上には上がれないということがはっきりすると全くやる気を無くしてしまう。これは、エリートビジネスパーソンの多くに見られる例だ。そういうときに、普段だったら普通に見えるであろう女が(ウオトカを2本飲んだ後のように)数倍美しく見えるというのもよくある話だ。

〈だが最近、とくに凜子を知ってから、久木は必要以上に人目を避け、余計な気遣いをする気が失せてきた。
 
そのきっかけになったのは、やはり凜子という、最も好ましい女性とめぐり会えたからで、この人と逢うためなら、多少の危険は仕方がないと思うようになってきたからである。そしてさらに、その開き直りのきっかけになったのは、1年前、それまでの部長職を解かれて、調査室という閑職に廻されたからである。

たしかに久木にとって、いまから1年前の人事異動の衝撃は大きかった。正直いってそれまでは、久木も人並みに会社の中枢にいてステップアップすることを考えていた。事実、1年前の53歳のころには次期の役員候補と周囲からいわれ、自分でもそんな気持になっていた。

それが突然、昇進するどころか、出版部長を解かれ、誰が見ても閑職とわかる調査室に廻された。その裏には、2年前に社長が交代したことや、社内には社長側近ともいうべき、新しい勢力が抬頭していたことへの認識の甘さなどもあったが、すでに異動が決まってから、原因をとやかくいっても仕方がない。

それより久木にわかったことは、ここで役員になるチャンスを逸した以上、2年後には55歳になり、もはや永遠に役員になることはありえない。たとえ動くことがあったとしても、さらに地味なポジションに移るか、子会社に出向するだけである。

そう思った瞬間から、久木に新しく見えてくるものがあった〉

「新しく見えてくるもの」が結局、祥一郎を奈落の底にまで突き落とすのであるが、本人はそれで構わないと思っている。会社の出世競争で勝利できないならば、それ以外の事柄は、妻子を含め、究極的には価値を持たないからである。

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