芥川賞作家・朝吹真理子が冒頭を何度も書き写すほど思い入れ深い一冊
講談社文芸文庫・私の一冊
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雨ふりの夜に銀座の小料理屋で海坊主と話したり(「海坊主」)、アントワーヌ・ヴァトーの絵の模写を前に時間はどこにいたってたつと感じたり(「昔のパリ」)、ほんの一瞬だけ、小さなふたつの島を入れ替える遊びをする魔法使い(「山運び」)に惹かれて、吉田健一の小説を読んでいた。

早起きをした日は、東向きの窓のある私室のいすに座って読む。吉田健一のことばを読んでいると、読んでいるという現在を実感する。小説のなかでのぼる月や雨を、朝陽を背に受けながら読んでいる。

小説の月と太陽。ちぐはぐなふたつの天体の光を同時に浴びていることが、小説を読むよろこびそのものだと思った。本から目を離して顔をあげると、さしこむ光や庭木の影がかわっていたりする。それだけの時間が経っている。

冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのでなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。(「時間」)

「時間」の冒頭を、これまでに何度も書き写している。あこがれの書物で、この本が本屋の棚にあるというだけでうれしい。私が持っている文庫本はすっかりよれているので、読みこんでいるような風情になっているのだが、いままで一度も通読したことがない。いつもひらいたページから読みはじめて、もののはずみで閉じる。それを繰り返している。

「時間」を読んでいるときほど、時間そのものを感じることはない。生きている感覚そのものが書かれている。時間が経っていることを知るのが現在ということで、時刻というのは現在のしるしにすぎないこと、そして現在はひたすら流れつづける。

本を閉じると、読んでいたという実感はあるのに、それが何だったかがわからない。読んでいる時間だけを、ずっと抱え持つ。

朝吹真理子(あさぶき まりこ)
作家。「新潮」掲載の「流跡」でデビューし、同作でドゥマゴ文学賞を最年少で受賞。「きことわ」で芥川賞受賞。他の作品に「TIMELESS」など。
時間 時間の流れの意味を考え、現代文明の偏見を脱して捉われの無い自由な自分となる。 著者最晩年に到達した人間的考察の頂点にして、心和む哲学的な時間論。