防衛・安全保障 自衛隊 PKO
南スーダンの自衛隊を憂慮する皆様へ〜誰が彼らを追い詰めたのか?
ゼロからわかるPKOの今

内戦に対して国際社会はどうするか

今から20年以上も前の1994年、アフリカの小さな国で、大変なことが起こりました。ルワンダの大虐殺です。一般市民が、100万人亡くなりました。100日間で100万人の虐殺です。

典型的な「内戦」、一つの国の中の「内輪揉め」です。つまり、政府と反政府ゲリラが戦うという構図です。

こういう国で、なぜ内戦が起こるのか。そこを植民支配していた西洋の列強国がいけないに決まっているのですが、歴史を後悔してばかりもいられません。現在進行形で多くの罪もない市民が犠牲になるのですから。

こういう問題を、国際社会としてどう解決していくか。国連の出番です。でも問題があります。

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そもそも国連とはなにか。

ボツダム宣言でいうところの地球侵略を企てた不埒者(我々日本のことですね)をボコボコにして成敗した第二次世界大戦後、二度とこのような不埒者つまり侵略者を出さないため、地球上で起こる「武力の行使」を戦勝五大大国が牛耳る。これが国連です。

侵略者、つまり他の国の国民を虐める国家が現れた時、国際社会は五大大国の号令の下、それを殲滅するのです。

 

でも内戦は、そうじゃない。国民を虐めるのはその国民が属する国家なのです。

これは手が出せない。だって、五大大国だってそれぞれに脛に傷を持っている。例えば、中国のチベット問題のように。

誰だって、そうでしょ。夫婦喧嘩に、頼みもしないのに赤の他人が割って入ってきたら、ちょっと嫌ですよね。国連に加盟した途端、内政に干渉するって言ったら、誰も加盟しませんよね。だから、「内政不干渉」が原則になっているのです。

でも、世界は内戦の時代に突入し、あっちこっちで、いわゆる古典的な戦争(国家と国家のそれ)と同じような、いや、それ以上の犠牲を出すようになる。

世界を統制する五大大国として、国連として、何もしないのは、沽券にかかわる。

こんなジレンマから生まれたのが、PKO。国連平和維持活動です。

ルワンダのトラウマ

PKOは、罪もない一般市民が犠牲になるのをほっとけない人道主義と、内政不干渉の原則の、いわば、妥協の産物なのです。

たとえるとこんな感じです。

ある一家の夫婦喧嘩ですね。旦那と奥さんが、ものすごい殴り合いやっている。ご近所は、窓越しに、ハラハラしながら見ている。こんな状態がしばらくすると、必ず、ご両人、疲れてくるのですね。お互い、負けは認めないけど、誰かそれなりの人、第三者が肩を叩いてくれるのを、口に出さないけど心待ちにするような(奥さんと不倫の疑いがある隣のオヤジじゃダメです)。

これが、いわゆる「停戦」です。

こういう時なのです、PKOが入れるのは。

旦那と奥さんの双方の了解の元、割って入る。ここでPKOは、旦那より腕っ節が強くなければなりません。また殴り合いが始まらないように、一つの脅し、抑止力ですね。だから、武装する。

PKOとは、紛争の当事者(旦那と奥さん)の同意の下の第三者の「武力」介入なのです。

でも、その武力はあくまでお飾り。行使することはあまり前提にしていない。だって、この夫婦ゲンカは、別に他の家に迷惑をかけているわけじゃない。つまり侵略しているわけじゃない。国連として戦争するわけにはいかないのです。

でも、もし、PKOの目の前で、停戦が破れ、再び殴り合いが始まったらどうするか?

皆が心配しつつも、あまりにも多くの人道危機が起こるので、あえてあまり考えずにPKOは現場に専念していたのですが、ある日、これが起きてしまうのです。冒頭で言った1994年のルワンダの虐殺です。

この時、虐殺の首謀者は、政権を握る多数派部族のフツの民兵。それが、少数派のツチの一般市民に襲いかかった。これを止めるためにPKOが動けば、それは必然的に政権側に対して武力の行使をすることになる。つまり、国連とー国連加盟国の政権との戦争です。

だから国連は躊躇した。でも、現場のPKO部隊は、何とか行動を起こしたい。当たり前です。目の前で、未曾有の大虐殺が起きているのですから。躊躇したのはニューヨークの国連本部なのです。

そうこうしているうちに、現場の状況は手がつけられないほど悪化。PKOに部隊を出していた国が、恐れをなして、一つずつ撤退してゆきます。PKOは基本的に自発性がベースなので、国連に撤退を止める強制力はないのです。

結果、PKOは完全に撤退。そして、100万人の罪もない一般市民が犠牲になりました。

この時のPKO部隊の最高司令官はカナダ陸軍の将軍でロメオ・ダレールといい、僕の友人です。彼は、その後、自殺未遂します。

PKOが目の前で起こる虐殺を見放した。これは、国連にとって、大きなトラウマになります。そのトラウマから生まれたのが、次に紹介する「保護する責任」という考え方です。