フランス
仰天!アルプス山中で「孤独と沈黙」に生涯を捧げる修道士の暮らし
「本当の豊かさ」とはなんだろう

フランス・アルプスの山中に900年間外部との交流を遮断し続けている修道院がある。そこでは、個室で一日の大半を祈りに捧げ、孤独と沈黙のうちに一生を終える。会話が許されるのは集会など週に数時間しかない。

彼らの生活から「本当の豊かさ」とは何かを探る――。

何も持たず何も語らない修道士たちの生活

2年前の夏に『大いなる沈黙へ――グランド・シャルトルーズ修道院』というドキュメンタリー映画が岩波ホールで公開された。2時間40分のあいだナレーションも効果音もなく、フランス・アルプス山中の修道院の一年間をひたすら追った異色の映画が、多くの観客を動員したことは静かな話題となった。

その年に大ヒットした『アナと雪の女王』とはもちろん比べるべくもないが、ホールは連日満員の盛況で、やがて首都圏をはじめ全国各地の映画館での上映も実現した。

これはドイツの映画監督フィリップ・グレーニングが、フランス・アルプスの山中にあるラ・グランド・シャルトルーズ修道院の春夏秋冬を撮影したドキュメンタリー映画である。制作されたのは2005年のことで、ヨーロッパで公開されるや大きな反響を呼び、さまざまな映画賞を受賞した。

個室内部の様子。個室には机と寝台、祈祷台のほかはほとんど何もない。

画面に投影されるのは、木張りの小さな個室で修道士が営む沈黙の生活、鐘に誘われて修道士たちが聖堂に集まって聖歌を朗唱する音と光、900年の歴史を持つ修道院の佇まいと四季の移ろい、そして日々を精一杯生きぬく修道士たちの姿と満ちたりた表情である。

日本での公開は、ヨーロッパでのヒットから9年ちかい歳月を経てのことだった。フランスから遠く離れ、キリスト教には馴染みの薄い日本の観客の心に、秘境の修道院で修道士が日々同じ営みを続ける映像は何を刻んだのだろう。言い換えるなら、映画館に行列を作った人々はそこに何を求めたのであろう。

修道院の特産リキュール「シャルトリューズ」や修道院の名を冠した銀灰色ネコ「シャルトリュー」は好事家には知られているものの、集客につながるとはさほど考えにくい。

世間から遠ざかった山の中で、何も持たず何も語らない生活を繰り返す修道士たちと、情報のあふれかえる社会でひたすら駆け回る私たちに接点があるものかどうか、考えてみた。

900年間、外部との交流を遮断し続けている

ラ・グランド・シャルトルーズ修道院は、グルノーブルの町から30キロ離れた、標高1000メートルの地に建っている。それは厳しくも美しい自然の懐に抱かれ、下界の喧騒とは無縁の静謐な空間。

修道士たちは、創立以来ほぼ900年のあいだ、ほとんど変わることのない沈黙と清貧の厳しい生活を守り抜いている。

このように修行者が集まって厳しい環境で生活をするというのは、けっして珍しいことではなく、宗教や地域の違いを超えて広くみられる。そのなかでも、ラ・グランド・シャルトルーズ修道院は、清貧、沈黙、孤独の生活などひときわ厳しい独自の生活を守り続けていること、徹底して外部との交流を遮断していることに特徴がある。

アルプス山中の修道院。山の奥から修道院が見えて来た。〔著者撮影〕

一般の見学などは一切受け付けていないし、修道士の家族ですら面会のため修道院に入れるのは1年に2回だけ。ながいあいだ修道院内部の様子を知るすべは、修道院のパンフレットなどに掲載されているわずかなデッサンや写真のみであった。

グレーニング監督が2002年と2003年に、自ら撮影機材とともに修道院に泊まり込んで撮影した映像は、まさに開かずの扉を開いて未踏の領域を伝えるものであった。

なお現在のディスマ修道院長が2015年にフランスのカトリック系新聞『ラ・クロワ』紙のインタビューを受け、その記事が写真入りで連載された。それは彼が57歳で第74代の修道院長に就任した半年後のことであった。

そこでディスマ修道院長は、修道院の現状や活動、自らの気持ちを素直に語ってくれた。これで開かずの扉がもう少し開いた。

分厚い壁の向こうに修道院がある。もちろん部外者は立入禁止だ。〔著者撮影〕

私は歴史研究者ではあるが、修道院にとっては部外者であるため、映画『大いなる沈黙へ』の公開や『ラ・クロワ』紙のインタビュー記事は、修道士たちの生きざまや生の声を知る初めての機会となり、まさに秘仏ご開帳という思いを持った。これは書物から得ていた理解や印象をかなり塗り替えることになった。