医療・健康・食
現役医師200人に聞いた「本当は寿命を縮める」延命治療
カネにはなるが、意味はない

「殺した」と言われたくない

医療が発達し、高齢化が進んだ現代社会。多くの人は人生の終末期、もはや病気の根治を目指さない、延命を目的とした治療を受けることになる。しかしなかには、患者に苦しい思いばかりをさせ、効果も薄い「無駄な延命治療」も少なくない。

本誌は200人の医師に、〈無駄だと思う延命治療〉について尋ねた。その結果、現場の医師たちは、延命治療の一部について、明確に「無駄」だと考えていることが分かった。その回答を上の表に掲載した。

もっとも多くの医師が無駄だと思っているのは、(3)「胃瘻」、(4)「胃瘻造設」、(5)「嚥下機能の落ちた認知症患者に胃瘻を造設する」といった、胃瘻にかかわる延命治療だった(番号は表と対応、以下同)。

高齢になると、口から直接食事を取れなくなったり、食べられたとしても、誤って食べ物を飲み込み(誤嚥)、それが気管に入って肺炎などの原因となったりすることがある。そうした場合、腹部に内視鏡で小さな穴を空け、そこに管を通して栄養を補給するという方法を取る。それが胃瘻だ。

しかし、胃瘻をつけた人生が本当に幸せなのだろうか。内科医が言う。

「味も何もしない経管栄養剤を、毎日決まった時間に、まるで『作業』であるかのように送り込まれます。食べる楽しみもなく、栄養だけを流し込まれる様子を見ていると、本当にこの治療は必要かと思ってしまう。

寝たきりの認知症で胃瘻をしている高齢の患者さんを診ると、さらにその気持ちは高まります。そうした患者さんは話がほとんど通じません。コミュニケーションを取れず、ごはんも食べられない……それなのに生きる意味はあるのか、と」

(6)「認知症で自己の意思が示せない患者で、胃瘻造設までするも全身状態が悪く、ずっと入院状態の人」はまさにこれに当たるだろう。

さらに、一般的に「体に負担が少ない」とされる胃瘻だが、それをつけることによって、治療を受けなければならなくなるケースもある。世田谷区の特別養護老人ホーム・芦花ホームで医師を務め、『「平穏死」のすすめ』などの著書もある、石飛幸三氏が言う。

「胃瘻をつける患者さんは、老化によって胃の噴門部(食道と胃の境)が弱っています。そのため、胃の内容物が逆流して、逆流性食道炎を起こしやすくなる。さらに、それが気管にまで及び、誤嚥性肺炎を起こしてしまうことがあるのです。実際、私の職場でも、数人の胃瘻をつけた方が、誤嚥性肺炎のために何度も何度も病院とホームを行き来していました」

患者を不幸にしかねない胃瘻。石飛氏によれば、この手法が行われるようになったのは'90年代後半からだという。石飛氏が続ける。

「患者の身体的負担が少なくなるように技術が改良され、'00年代に入って急速に普及しました。なかでも、重度の認知症患者への造設は、全国の多くの医師が『胃瘻をつけないと死んでしまう』と説明していた。しかし、それが本当に当事者にとってありがたいものだったかは分かりません。

しかも、胃瘻で生き続けるのに、一人当たり年間約500万円かかり、それは国が負担しています。見かねた厚生労働省も動き出し、'14年の診療報酬改定で、安易な胃瘻造設を抑制するため、胃瘻手術の診療報酬が4割減らされました。そのうえ、嚥下機能検査も条件づけられたのです」

国も無駄な胃瘻が多いということを認めているのだ。

ほかにも、胃瘻と似たような効果を持つ治療について疑問が上がる。(18)「中心静脈栄養」がそれだ。石飛氏が言う。

「鎖骨の下や顎にある太い静脈から、カテーテルを入れ、奥のほうにある中心の静脈まで進めて、そこに高カロリーの栄養剤を投与する延命治療です。体の奥の大静脈にまで管を通すため感染症を起こしやすく、ひどい場合には敗血症にもなってしまいます」

自分が寝たきりや重度の認知症になったとき、ものを食べられなくなっても、チューブから栄養を補給し、生き続けたいのか—元気なうちにそれを考えておく必要がある。

ほかに多くの医師が無駄な延命治療として挙げたのが、人工呼吸器をつけることだ。(8)「75歳以上の重症脳疾患に対する人工呼吸器による管理」、(9)「人工呼吸器の装着」、(10)「末期COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者に対する、気管挿管による酸素投与」などである。

終末期、自発呼吸ができなくなった患者に対して、口、もしくは気管を通して酸素を投与する。

とくに呼吸器をつけるか否かが問われるのが、体に緊急の異変があった場合である。(20)「急変時の気管内挿管」はそれにあたる。医療ジャーナリストがこんなケースについて言う。

「80代の女性の患者さんが肺炎で呼吸困難に陥って救急で運ばれてきたことがありました。彼女はぜんそくの持病、脳卒中の後遺症を持っていた。救急によって人工呼吸の管が口に入れられていましたが、そのままでは口腔ケアなどが行いにくい。医師は気管を切開して人工呼吸器を入れることを提案しました。

家族は、『もう十分闘病したので結構です。体もこれ以上傷つけたくありません』と言いましたが、医者はそこで呼吸器を外してしまったら、殺人罪となる可能性もある。しかも、医者は『もう死が近いので治療をしません』とは言えない生き物です。結局、その家族を説得して切開をしたそうです。ですが、本当にその治療が本人にとって、家族にとって必要だったのか、疑問です」

延命治療をするか否か、医者が選択する場合、その頭にはカネがチラつくこともあるという。前出の石飛氏が言う。

「医者は延命治療をすれば、診療点数をもらえる。医師も病院経営のために稼がねばなりませんから、患者さんそれぞれの事情、生き方についての希望も、頭から飛んでしまうことが多いのです」

カネにはなるが、患者を不幸にする延命治療が、この世にはある。

本当は寿命を縮めている

ほかに数人からの回答があったのは、(12)「抗がん剤の使用」、(13)「高齢者に対する、末期がんの延命治療はほとんど必要ないと思う。特に意識が混濁している患者には」といった、がんに関わるものだ。

前出の石飛氏が言う。

「抗がん剤は、元気な人ですら副作用に苦しめられるのに、高齢者がやるとどうなるか。副作用に苦しめられるだけだし、逆にそれで命を縮めてしまいかねない」

実際、抗がん剤による治療を行って患者の寿命を縮めてしまう例は少なくない。前出の医療ジャーナリストが言う。

「80代の末期の膵臓がんの患者さんで、助かる見込みが薄い方でしたが、医者は、体力が落ちて数日間ろくに食事もとれていないその患者さんに、抗がん剤のTS-1による治療を続けたのです。結局、ひどい嘔吐感、下痢といった副作用が現れたのですが、それでも投薬を続行。患者さんは相当に苦しんだそうです。こうした治療は、確実に寿命を縮めることになるでしょう」

一方で、末期にある患者の家族の側が抗がん剤治療を強く望むこともある。消化器外科医が言う。

「こちらが『もう薬による治療が難しい』と説明しても、抗がん剤治療を頼みにする家族は少なくありません。やはりご家族は藁にもすがる思いで病院に来られていますので……。しかしそれはむしろご本人を不幸にすることになりかねません」

ほかの延命治療においても、こうしたケースは見られる。

「たったひとりしかいない母親、父親と別れたくないという『家族のエゴ』があると思います。非常に難しい問題ですが、治療をすべきか否かは本人が決めること。家族であっても、それを邪魔してはいけないと、私は思います」(前出の石飛氏)

(22)「透析」も、患者の幸せな終末期を考えると、本当に必要かどうか疑われる治療法だ。内科の医師が言う。

「人工透析は、人生の最終章へ向かおうとしている患者さんにとっては、非常に大きな負担となります。いま私が診ている85歳の女性の方は、『透析なんか行きたくない』と悲しい声を出すんです。息子さんからは続けるように言われているそうですが、本人は『週に2回も3回も管につながれて……そんなのはもういい。もっと楽に生きたい』と言っています。

以前、人工透析を行っていた80代の女性は『もう病院に行くのは、やめたい』ということで、透析をやめました。息子さんも最初は『そんなこと言わないで頑張って』と泣いていましたが、女性はそれでも嫌だと訴えた。結局、彼女は人工透析をやめてから1年以上生きました。息子さんの気持ちも分かりますが、本人が受けたくない延命治療は『無駄』と言ってしかるべきだと思います」

高齢になったときに「飲むべきでない」薬を上げた医師もいた。(27)「高コレステロール治療薬を使うこと」である。循環器科の医師が言う。

「高コレステロール症が心疾患や死亡につながるという根拠は示されていません。むしろ、いくつかの研究では、コレステロールが低い高齢者ほど死亡しやすいという研究結果すらあります」

自分が、人生の終幕に何を求め、どういう終わりを迎えたいのか——無用な延命治療を施されないようにするためには、このことをよくよく考えておく必要がある。

「週刊現代」2016年9月24日・10月1日合併号より