医療
現役医師200人のホンネ「自分が病気になっても大学病院には行かない」
患者は研究のためのモルモット?

教授は手術が下手でもエラい

「とにかく縦割りで、セクショナリズムがはびこっている。他の科に回したほうがいい患者でも、自分たちの科に囲い込もうとしたり、逆に面倒くさいと思った患者はたらい回しにしたりする」(50代、大学病院勤務の医師)

本誌は開業医、民間病院、公立・大学病院の医者たち200人に対して、「大学病院の問題点はなにか」というアンケートを行った。

大学病院といえば、専門家による高度医療が受けられる素晴らしい病院というイメージを持っている人は多い。だが実態はそのような理想とはかけ離れたものだ。続々と集まってきた声を見ると、まず目についたのは、上記のような「縦割り」を批判する声だ。

そもそも大学病院は、医学の研究、教育のための機関として設立されたものである。それぞれに専門的な研究が進めやすいように科が分かれているため、治療を受ける側の論理が通りにくい。

例えば、お腹が痛いという患者が来たとしても、診察を受ける科によって、病気の診断が変わってくることもありえる。総合的に判断することができる医者であればいいのだが、「自分の専門分野にばかり関心がある医者だったら、自分の知っている病気しか思い当たらない。他の科にかかるべき病気だとは最初から思わない」(40代、民間病院)というケースはままある。他にも以下のような声があった。

「各科の連携が取れていないし、専門の知識が共有されていない」(30代、民間病院)

「自分が研究をしている分野にはやたらと詳しいが、臨床の経験が少なすぎて、ほとんど医者としての役割を果たしていない人も多い」(50代、公立・大学病院)

内科で心臓の大動脈瘤がみつかったとする。本来であれば外科で手術をしたほうが患者のためにいい場合でも、外科に患者を回すくらいなら、内科でできるカテーテル治療(細い管を血管に通して行う治療)をしてしまおうというケースがある。外科と内科の連携が取れている「チーム医療」が徹底された民間の病院であれば、このようなことは起こりにくいのだ。

確かに大学病院でしか受けられないような、珍しい手術法や治療法は存在する。だが、そもそも最新の治療が最善の治療であるとは限らないということを忘れてはならない。

30代開業医の回答。

「大がかりなロボット手術などの、もの珍しい先端医療はメディアに好意的に取り上げられることも多いので、そういう治療を受けたがる患者さんは多い。しかし、本当にそのような手術が患者のためになるかは別問題。

マスコミはそうやって大学病院での受診を先導しているくせに、医療事故が起きたときだけ大学病院を叩く。無責任だ」

大学病院には、専門科ごとに「医局」と呼ばれる組織がある。医局の頂点には教授がおり、准教授、講師、研修医などが所属しているが、それぞれの医局は独立不可侵で、教授の権力は一国一城の主にも喩えられるほど絶対的なものだ。

「大学病院では医局での出世がすべて」(40代、公立・大学病院)、「教授の権力が強すぎる」(60代、開業医)といった声からもわかるように、医局のヒエラルキーは絶対的なものなのだ。

保守的な年功序列なので、手術の上手さや診察の丁寧さが出世につながるわけではない。むしろ、教授より手術が上手かったり、外来で人気があったりすると、疎まれることすらある。

しかも権力者である教授が名医である保証はどこにもない。「執刀医は教授です」と言われれば、患者はなんとなく安心するかもしれないが、大学内での地位と手術の腕前は無関係なので注意したいところだ。むしろ「医療レベルの低い医師が出世するようなシステムが出来上がっている」(50代、民間病院)という声もあるくらいだ。

「どんなに無能でも教授には逆らえない。教授に異を唱えることは医局から出ていくこと」(30代、民間病院)

「功績があれば上の栄誉になるし、失策があれば下が責任を取る。それが医局です」(50代、開業医)

「下の者がいくらおかしいと感じても、それを言い出せない。言えば裏切り者のレッテルが張られる。一人の勇気だけでは変化の望めない『牙城』だ。トップの英断を期待するしかない」(60代、開業医)

研究が8割、臨床は2割

このように硬直化した組織であっては、そもそも患者のための医療という発想が生まれて来るはずもない。教授の顔色をうかがう医局員の視線が、患者のほうに向けられることは非常に稀なのだ。

関東の公立・大学病院の医師(40代)の声。

「若い医局員は奴隷のように働かされている。時間内に少しでも多くの患者を診るため、診察はどうしても流れ作業のようになる。

とりわけ春は新しい研修医が来る季節なので要注意。右も左もわからない新米医師が、おろおろしながら仕事をしている。自分では絶対こんな病院には来たくない」

しかし、そのような研修医を育てるのも大学病院の役目の一つ。なかには震える手で初めて手術をこなすという研修医もいるだろう。そんな医者に当たってしまえば悲劇だが、多くの場合、患者は医者を選べないというのが現実だ。

「大学を出たてで世間知らず、横柄な態度の研修医がいる。彼らに診察されるなら、看護師に診てもらったほうがまし」(50代、開業医)

大学病院は教育の施設であるとともに、研究機関としての役割も大きい。

「医者たちの頭の8割は研究のこと。残りの2割で臨床をしている」(50代、公立・大学病院)

都内の大学病院に勤める内科の医師(30代)は、「患者がデータ集めのためのサンプルに見えることがある」と答える。

「よくある平凡な病気で診察に来た患者がいると、『なんのために大学病院に来たんですか』と問い詰めたくなる。私たちは、新しい薬の治験をしたり、難病の患者さんを診ることが一番やりがいを感じる。町医者にでも診られるような病気で、わざわざ忙しい我々の手を煩わせないでほしいというのがホンネ」

患者は研究のためのモルモット—それが大学病院の医者の診察態度なのだ。サンプルを取りたいがために無駄な検査が増える。

「血液検査一つとっても、民間病院より多めの項目を調べる。自分の研究のために流用しているのではないかと思う」(前出の内科医)

患者からしてみれば、どんな検査が本当に必要なものなのか皆目見当がつかない。そこにつけ込む医者もいる。

現実には、検査項目が増えれば増えるほど医療費はかかっているわけで患者の負担も保険の負担も増える。大学病院の医者はカネ儲けのために検査を行っているつもりはないかもしれないが、余分な検査にカネがかかっているというコスト意識など持ち合わせない。

もっとも、そのようなコスト意識まで期待するのは高望みなのかもしれない。大学病院の医者のほとんどは、奴隷のような長時間労働を強要され、目の前の仕事をこなすだけで一杯一杯なのだ。

「会議など雑務過剰で医師が疲弊している」(50代、民間病院)

「講義をして、研究もして臨床をこなすのは地獄のような忙しさ」(40代、公立・大学病院)

「大学病院の看護師は、看護部がしっかりしているので権利意識が強く、働かない。他の病院なら看護師がやる仕事でもやりたがらないので、研修医や若手医師に細かい仕事が回ってくる。そのくせ看護師の給料が異様に高い」(40代、公立・大学病院)

大学病院の勤務医はとにかく忙しい。しかも世間一般でのイメージとは違って、給料も高くない。

「医者の給料が安すぎるのが問題」(30代、民間病院)

「労働時間は半分以下の文系学部の教員たちと同じ給与体系であることが信じられない」(60代、開業医)

「自分の給料を時給換算したら、学生時代のバイト代より安く、愕然とした」(30代、公立・大学病院)