人口・少子高齢化
「ノンママ」という人生を選んだ女性たちの苦悩
職場で深まる「ワーママ」との溝
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子を産まないのはそんなに「ひどい人生」なのか?

「人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る」

この言葉を新約聖書の『ルカによる福音書』で見つけたときには一瞬ドキリとして、「イエス・キリストは子のない女性を積極的に評価してくれているのか」と思ったが、どうもそうではないようだ。

これは「どんなにひどい人生を送った人でも、信仰さえ持っていれば最終的に救われる」という意味で、「子を産んだことのない女」は「最悪のひどい人生を送った人」のたとえとして用いられているのだ。

そうか、そんなに私は「ひどい人生」なのか、とまたまたがっかりした。そう、1960年生まれ、今年56歳の私には子どもがいない。「なぜ?」と言われるとよくわからない。はっと気づいたらこうなっていた、としか言いようがない。

そして、後述するようにこれが子どものいない女性でいちばん多いパターンのようで、国の統計調査などでは「意図せざる生涯無子女性」と分類されるらしい。

精神科医として診察室にいると、40代、50代の“仲間”に多く会う。女性の場合、いつをもってして「無子女性」と決定されるかは人それぞれだし、生殖医療の進歩により妊娠可能年齢は上がりつつはあるが、現実的には40歳を超えれば「有子の可能性」はぐっと減ると言ってよいだろう。

では、そういう女性はどれくらいの割合で存在するのか。

これを正確に特定する調査はないようなのだが、「出生動向調査」を用いて分析したところによると、1960〜1965年生まれ世代では「20%ほど」なのだそうだ。

そして、この「無子女性」の割合は1960年生まれから急増し(私はまさにその“第一期生”だ)、1960年代後半生まれはさらに高くなると推測されるというから、もしかすると今年、45歳、46歳を迎える1970年、’71年生まれあたりでは25%あるいはそれ以上という可能性もある。

いまどきの女性の4人に1人は子どもがいない。いや、その割合はもっと高いかもしれない。これはかなり衝撃的な数字ではないだろうか。

こうなると「無子女性」はひとつの社会問題といえるが、問題なのはその呼び方だ。「無子女性」はあまりにひどい。ネットでは「子ナシ」から「子梨女性」などと呼ばれているようだが、それも意味がわからない。

何かよい呼び名はないか、といろいろ考えて、「ノンママ」という単語を思いついた。そして、とくに既婚だったり身体的には妊娠可能だったりするのに「子どもがいない」という状態の女性を取り上げ、『ノンママという生き方』(幻冬舎)という本にまとめてみた。また、このテーマを展開させて女性たちの物語とした『ノンママ白書』というドラマも放映されている(フジテレビ系)。

ノンママ女性がメンタル不調になりやすい理由

先ほど診察室にも「子どものいない40代、50代」の女性が多く訪れる、と言ったが、ではノンママ女性たちのメンタル不調には「自分には子どもがいない」ということが関係しているのだろうか。正確に統計を取ったわけではないが、この点はそうとは言い切れない。

それよりも女性の場合、「既婚か未婚か」という問題が大きいように思う。これもいちがいに「未婚女性は将来の不安からメンタル不調になりやすい」とは言えず、既婚女性が夫との不仲や夫と実家との葛藤でうつ状態などになるほうがずっと多いようにも思うのだが、いずれにしても女性にとって「結婚」は大きなテーマであることは昔もいまも変わらない。

ただ、最近目立つのは、「子どもがいないこと」自体を悩むというより、それを自分の親や友人、既婚の場合は夫の実家から責められたり、「子どもがいる女性」との微妙なすれ違いがストレスとなって不調に陥る女性たちだ。

前者は比較的、想像しやすいだろう。親からは「孫の顔が見たい」と、子どもがいる友人からは「子どもっていいわよ。どうして産まないの?」と、先輩からは「人間、子どもを持ってはじめて一人前」と、夫の実家からは「不妊治療は受けないの?」と言われる。

先の分類で言えば、子どものいない女性の場合、既婚であれば「意図した無子」のことも「意図せざる無子」のこともあるし、「意図せざる……」の中にも「なんとなく」という人から「不妊治療などに取り組んだが妊娠しなかった」という人もいるはずだが、いずれにしてもこれらは程度の差こそあれ、本人の人格や尊厳を否定しかねないハラスメント発言といえる。

もちろん言い手側には何の悪意もないのだろうが、「だからハラスメントではない」とは言えない。

そして、冒頭の新約聖書の言葉に無頓着な性格の私でさえドキリとしてしまったように、「子のない女性」たちでいっさいそれを気にしていない、何とも思っていない、という人はいないはずだ。

何といっても多くの女性にはある年齢まで毎月、月経があり、そのたびに自分のからだが妊娠や出産と結びついたものであることを意識するからだ(子のない女性に投げかけられるおなじみのフレーズのひとつに、「せっかく子宮や卵巣が備わっているのに、それを使わないのはもったいない」というのもある)。

また、妊娠はなんといってもその前提に生殖行為、つまりセックスというプライベート中のプライベートである行為があり、「どうしてできないの?」という問いはそのまま「夫とセックスしてるの? どれくらいの頻度で?」といったぶしつけな問いを意味していると言ってもよい。

たとえば私ももっと若いころ、「どうして子どもがないの? いれば楽しいのに」などとしつこく言ってくる人に「ああ、それはセックスする相手がいないから」とか「相手はいるけど全然セックスしてないんですよ」などと答えたらどうなるのだろう、と思ったこともある。

上司が褒めるのはワーママばかり

そして、この「どうして?」という言葉によるハラスメントやプレッシャー以上にノンママ女性を苦しめているのが、ママたち子どものいる女性とのすれ違いやトラブルだ。とくに職場におけるワーキングマザー(略称ワーママ)との問題は深刻だ。