中国 威海
これが中韓友好の象徴!?「威海」のコリアタウンで見た驚きの現実
近藤大介の威海レポート【前編】

「北京や上海ばかりを見ていても、中国は分からない」――北京で中国人から、よくこう言われるが、本当にその通りだ。

そこで私は毎年、最低一回は、中国の地方を見て歩くことにしている。今夏は山東省の青島と威海を訪れた。先週の青島に続き、今週は威海レポートをお届けしよう。

近藤大介の青島レポートはこちら(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49693

行けども行けども人の棲家

朝6時に、青島のホテルをチェックアウトし、山東半島の北東端に位置する威海へ向かう。青島からは約300㎞の距離だが、「易到」で予約しておいた車に乗って膠州北駅まで行き、そこから「動車」(特急)に乗ることにした。

すでに陽は昇っていて、青島湾に朝靄がかかっていた。閑散とした街を、海岸とは逆の方向に北上していった。

青島は、全国で19位にあたる人口900万の港湾都市だが、近年は北側の山間部が、どんどん開拓されて高層マンション群に変わっている。そのため青銀高速を、行けども行けども人の棲家。「青島は巨大な都市なんですねえ」と運転手の青年に言ったら、照れるように答えた。

「でも山の上はすべて、軍が占領してるんですよ」

半時間ほど走って、左手に青島流亭空港を仰ぎ見ながら北西に方向転換したあたりで、ようやくマンション群が潰え、代わって一面の高粱とトウモロコシ畑になった。時折、高速道路脇に紅色の巨大な看板が目につき、「両学一做」(リャンシュエイーツオ)と記されている。

「両学一做」は、習近平主席が4月下旬に安徽省を視察して以降、中国全土で始まったキャンペーンのスローガンで、「共産党の党章と習近平主席の重要講話を学習し、共産党員として正しい行いをする」という意味だ。現在、日本の人口の3分の2を超える8800万共産党員が、毎日必死になって、ノートに「抄党章抄講話」(党章と講話の書き写し)を課されている。

これは基本月給の2%を党費として納める末端の共産党員たちには不評だが、3%を党費として納める幹部党員たちには、ある程度受け入れられているように見える。ある幹部党員は、私にこう述べた。

「この国には規律がなさすぎるので、強制的にこのようなキャンペーンをやらないと、中国人はまとまらないんです。特に若者たちは、毎日スマホばかりいじっていて、愛国心が薄れていて困ります」

「両学一做」は、13億7000万の全国民に対する運動ではなくて、国民のわずか6.4%に過ぎない共産党員に対する運動である。だが中国は憲法の前文でも、「中国共産党の指導」を強調しているから、共産党の教え=国家の教えという解釈なのだろう。

車は、青銀高速道路と瀋海高速道路が交差する馬店立交インターチェンジで、高速道路を降りた。そして、「莫言(ノーベル賞作家)の旧居まで10㎞」と表示のある、よく舗装された農道をしばらく進み、膠州北駅に着いた。

中国大陸の「面」の広がり

膠州北駅は、畑の中に建つ巨大な駅舎で、朝7時過ぎに到着した時には、駅舎自体が閉まっていた。「開門時間 8:30-18:00 ただし混雑時と週末は8:00-18:30」と表示されている。おそらく同じ8時半発の列車に乗るのであろう地元のオッサン二人が、駅舎前広場のコンクリート上で、バッグを枕に眠りこけていた。

広大な広場のコンクリートに反射した、眩しい陽光とけたたましい蝉の鳴き声が迫ってくる。加えて、強烈な肥溜めの臭い。コンクリート上を一匹の野良犬がゆったりと横切り、上空には燕が舞っている。

駅舎を囲む壁には、「富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善」と紅字で大書されていた。これは、習近平主席が唱える社会主義の核心的価値観の24文字だ。野良犬にも燕にも、社会主義の核心的価値観は理解できないというのに、中国共産党は偉大である。

朝8時ちょうど、どこからともなく野暮ったい女性の駅員が現れ、駅舎のカギを開けた。続いて現れた3人の男性駅員が、切符の検査と、荷物のX線検査の準備を、かったるそうに始める。この日は、8時半発の威海行き「動車」に始まり、17時59分発の深圳行き「特快」(特別快速)まで、計15本の列車の運行が予定されていた。

私を含めて15人ほどの客が、この手続きを経て、だだっ広い待合室に向かった。構内の電気が一斉に点くと、正面の巨大な電光パネルが紅く光った。そこにはまたしても、「社会主義の核心的価値観」24文字が書かれていた。

駅舎のトイレに入ったら、大量の蠅の巣と化していて、しかも大便用便器のドアは開け放たれていて閉まらない。そう言えば20年ほど前まで、中国の田舎へ行くと、トイレにはドアさえなく、用を足した後は、傍に置かれた縄を尻に当てて拭いていたものだ。私はそんな格闘している最中にも、闇両替屋が現れて外貨券の両替をせがまれたことがある。現在は水洗トイレが普及したし、外貨券は消滅したし、中国は確実に進歩している。

ホームへ上がると、地平線の彼方まで、一面に畑が広がっていた。電車が来るまでの間、柱に巣くう蜘蛛を観察していた。

その蜘蛛の巣が震動し、「動車」が定刻にホーム右手から入ってきた。すると中年の駅員が、まるで軍人のような動作で声を上げ、ドアの開閉の安全確認を行った。田舎駅で多くの人が乗り降りするわけでもないのに、立派なものだ。

だが「動車」の車内は、北京っ子がよく言う「臓乱差」(汚くて乱れていて劣っている)の状態だった。私の前方斜め前に座ったオバサンは、ほぼ2時間ずっと携帯電話でがなりっ放し。子供たちが叫んだり、走り回ったりしている。床に食べ物を捨てる人、うがいした水を吐く人。通路を挟んで右手に座った中年男性が穿くジーンズの悪臭も尋常ではない。

それでも窓外の緑の風景は、この上なく美しかった。いまから約100年前の1914年、第一次世界大戦勃発でドイツ軍が手薄になったことで、日本軍は山東半島を占領した。戦後に三国干渉に遭って、1922年にいったんは返還したが、1937年に日中戦争が火ぶたを切ると、再び1945年の敗戦まで占領し続けた。

山東半島を旅していて痛感するのは、中国大陸は面の広がりで考えないといけないということだ。島国に住む日本人は国土というものを、都市と都市をつなぐ線で考えがちだが、それではこの広大な大陸は測れない。旧日本軍の失敗は、おそらくそこにあったのだろうし、現在、日本で中国崩壊論を説くような人たちも、「島国的発想」で中国を捉えている気がする。

実際、中国には、東京と同規模かそれ以上の1000万都市が13あり、日本で政令指定都市が名乗れる100万都市は303もある(日本は12都市)。そのため、日本が中国を支配しようなどと考えるのは愚かなことであり、もしかしたら中国に対抗しようと考えることも愚かなことなのかもしれない。ちなみに中国共産党は、党員数で比較すると日本の自民党89個分である。

そんなことを想い耽っているうちに、定刻の10時45分、「動車」は威海駅に滑り込んだ。