文学
東野圭吾作品の翻訳者から見た「日本語英訳」の難しさと魅力
コタツはどう訳す?

ハーバードで日本古典文学を学んでいた

――『容疑者χの献身』『聖女の救済』『悪意』『白夜行』『真夏の方程式』といった東野作品の翻訳を手がけたアレクサンダー・O・スミスさんにお話をうかがいたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

アレクサンダー・O・スミス(以下アレックス)こちらこそよろしくお願いします。私のことはアレックスと呼んでください。

――それではアレックスさん、はじめに日本語英訳者になった経緯を教えてください。

アレックス 私はもともと説話文学に関心があって、とくに日本の神話や民話に心惹かれました。昔の日本人が物語をどんなふうに創って、語り伝えたのか。それを知りたいと思いました。民俗学的な興味もあったと思います。

それでハーバード大学の大学院では日本古典文学を専攻したんです。当初はこの分野で博士号を取得しようとも思っていたのですが、ちょっと気が変わって(笑)、1998年にゲームソフト会社のスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したんです。

――「ちょっと気が変わって」、日本古典文学からゲームに転向したんですか。ずいぶんと振り幅の大きい転身だと思いますが。

アレックス いや、実は共通項がないわけではないんです。それはどちらもファンタジーだということです。

昔の日本では、たとえば囲炉裏端で大人が語る神々の物語を聞いて子どもたちはそこにファンタジーを感じていたはずです。現代の子どもはゲームをプレイしながらファンタジーを感じています。

そういう意味ではゲームソフトは現代の神話です。昔の事を研究するのもいいんですが、現代の日本人がどんな神話を創造するのか、その現場に身を置くことの方が面白いと思ったんです。

会社での私の仕事は、ゲームを英語圏向けに翻訳することでした。『ファイナルファンタジー』や『ベイグラントストーリー』など数多くのゲームを翻訳しました。

――翻訳のお仕事はゲームが最初なのですね。小説はいつから手がけられたのですか。

アレックス スクウェアには正社員として4年間勤務したのですが、その在職中に、もちろん会社の許可を得てですけど(笑)、栗本薫さんの「グイン・サーガ」(ハヤカワ文庫など)を翻訳しました。

ニューヨークにある出版社ヴァーティカル社がこの長大なシリーズのうち初めの5巻を出版したいということになったんです。当時同社の編集長がコロンビア大学院出身の人で、院生時代の友人でもありました。その彼が「ファンタジーだったらアレックスだ」と指名してくれたのです。

その後は小野不由美さんの「十二国記」(新潮文庫)や東野圭吾さんの作品など30冊以上を翻訳しました。

〔PHOTO〕iStock

――英訳する上で難しい点はありますか。

アレックス 東野さんの『容疑者χの献身』(文春文庫)は2011年に翻訳出版されたんですが、レビューのなかに「誰が誰なのかわからない」というのがあったんです。ちょっとショックでした。同作品は登場人物も多くないし、人間関係も複雑ではありません。

なのにどうしてそう思われてしまったのか。