ミステリー小説
東野圭吾が海外で大ブーム! 日本ミステリー、つぎつぎ世界へ
英訳出版の現在

欧米で有名な日本発の名探偵は?

あなたが知っている、日本のミステリー作家が生んだ名探偵といえば?

今、アメリカやイギリスのミステリーファンにこの質問をしたら、返ってくるのは「ガリレオ(湯川学)」あるいは「加賀恭一郎」という答えがほとんどになるだろう。東野圭吾が生んだこの二人の探偵役は、日本語という言葉の壁を越えていまや世界的なキャラクターとなっている。

21世紀初頭から、東野圭吾の作品はまず台湾や中国、韓国、タイなどアジア地域で人気を博し始めた。翻訳が一挙に進み、それぞれの国で独自の映像化が実現したり、あるいは企画されたりすることも増え、東野圭吾はまさにアジアを代表する人気作家になっているといっていいだろう。

一方、欧米での東野作品の受容には、2011年に大きな転機が訪れる。ガリレオシリーズ長編第一作『容疑者χの献身』の英訳版『The Devotion of Suspect X』(アレクサンダー・O・スミス訳)の刊行である。

それ以前にも東野作品の英訳としては『秘密』があり、また欧州大陸でもいくつかの作品が翻訳出版されていた。しかしこの『容疑者χの献身』は「英米の大手出版社からの刊行」であったこと、そして何より刊行翌年の2012年にアメリカで最も権威のあるミステリー賞「エドガー賞」にノミネートされたことにより、既刊の翻訳作品とは異なる形で「東野圭吾」という名前を世界に広めるきっかけとなった。

その後もガリレオシリーズは『容疑者χの献身』に続いて『聖女の救済』、『真夏の方程式』が英訳され、加賀恭一郎シリーズは現在のところ英訳されているのは『悪意』だけだが、2017年には『新参者』の英訳出版が予定されている。

ノンシリーズ作品では『秘密』のほかに『白夜行』が英訳されており、『ゲームの名は誘拐』の英訳版も近刊予定である。

また本年のヨーロッパでの翻訳状況を見ると、4月にドイツ語版『私が彼を殺した』とイタリア語版『手紙』が出ており、10月にはフランス語版『夢幻花』が出る予定である(3冊とも英訳はまだない)。

エドガー賞へのノミネートが、欧米における東野作品の翻訳機会を広げたことは間違いないといえよう。

欧州主要国での東野作品の翻訳状況は後ほど改めて紹介するが、日本のミステリー作家で世界的にここまで成功した作家はかつていなかった。本稿では東野圭吾を中心に、また英訳を中心に、日本のミステリー小説の海外での翻訳状況を紹介する。

日本のミステリー小説の英訳状況

そもそも日本のミステリー小説はどれぐらい英訳されているのだろうか。日本のいくつかのミステリー賞に注目して、その現状を見てみよう。

江戸川乱歩賞は先月刊行の佐藤究『QJKJQ』が第62回の受賞作、作品数でいえば68作目の受賞作だが、その68作のうち英訳されているのは何作品だと皆様は予想するだろうか。

正解は――2作品である。わずかに第8回(1962年)の戸川昌子『大いなる幻影』、第29回(1983年)の高橋克彦『写楽殺人事件』が英訳されているにすぎない。

受賞作だけでなく「乱歩賞受賞作家」にまで広げて英訳状況を見ても、英訳書が出ている作家は陳舜臣、戸川昌子、西村京太郎、栗本薫、高橋克彦、東野圭吾、桐野夏生、高野和明、薬丸岳の9名だけである。

陳舜臣は『北京悠々館』と歴史小説『太平天国』、戸川昌子は『大いなる幻影』『猟人日記』『火の接吻』『深い失速』、西村京太郎は『ミステリー列車が消えた』『南神威島』、高橋克彦は『写楽殺人事件』、桐野夏生は『OUT』『グロテスク』『リアルワールド』と日本神話を題材にした『女神記』、高野和明は『ジェノサイド』、薬丸岳は『刑事のまなざし』が英訳出版されている。

栗本薫は《グイン・サーガ》が5冊英訳出版されているが、ミステリー小説は英訳されていない(《グイン・サーガ》の英訳者は『容疑者χの献身』と同じアレクサンダー・O・スミス)。

日本推理作家協会賞の受賞作はどうだろうか。こちらは約70年の歴史を持つ賞だが、受賞長編で英訳があるのは小松左京『日本沈没』、逢坂剛『カディスの赤い星』、大沢在昌『新宿鮫』、宮部みゆき『龍は眠る』、桐野夏生『OUT』、東野圭吾『秘密』、桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』、高野和明『ジェノサイド』の8作のみである。

どれをミステリーとして数えるかにもよるので正確な数字を出すことは難しいが、日本のミステリー小説の英訳は現在までにだいたい90冊ぐらいだと見ていい。

1956年に刊行された江戸川乱歩の自選英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』(「人間椅子」「心理試験」「芋虫」「断崖」「鏡地獄」「双生児」「赤い部屋」「二癈人」「押絵と旅する男」の9編を収録)が日本ミステリーの最初の英訳書であり、それから60年をかけて約90冊である。少ないと感じる人もいれば、意外に多いと感じる人もいるだろう。

ただ、台湾や中国、韓国で日本のミステリー小説が年間約100冊というペースで翻訳出版されているのを考えると、やはり英訳数はまだまだ物足りないといえる。

しかもこの90冊には、日本の出版社により英訳出版されたもの、日本人が設立したアメリカの小出版社から刊行されたもの、日本の文化庁の事業で翻訳されたもの、などが相当数含まれる(というより、それがほとんどといっていいだろう)。

英米の一般的な出版社から日本のミステリー小説が刊行されるのはまだまだ非常にレアなケースである。エドガー賞に日本の作品として初めてノミネートされた桐野夏生『OUT』は今でこそ英米の出版社から刊行されているが、当初は講談社インターナショナルから英訳版が出版され、それが英米の出版社の目に留まった、という形だった。

『容疑者χの献身』はそのような経路を経ることなく英米の大手出版社からいきなり刊行されたが、このようなことはそれまでの日本ミステリー英訳史上ほぼないことであった。