防衛・安全保障
テロリスト、画家、芸人それぞれの立場から見た「戦争」
~堀川惠子、今週の3冊

「ジハーディ・ジョン」はいくらでもいる

今回は、人の生涯を取り上げた3冊。時代も状況も異なるが、いずれも戦争と無縁ではない。

読んでいて何度も息苦しくなったのが、ロバート・バーカイク著『ジハーディ・ジョンの生涯』。2015年1月シリアで、後藤健二さんと湯川遥菜さんがオレンジ色の服を着せられ、悲劇に見舞われた。その側にナイフを持って立つ黒装束の男「ジハーディ・ジョン」は世界中を震撼させた。

本書は、イギリスに育ったひとりの青年が、どのようにして「ジョン」になっていったかを追うノンフィクションだ。小学校時代の夢はプロのサッカー選手、大学入学当初はイスラム教もまともに勉強したことがなく、友人の病死に号泣するような若者だった。

転機は、イギリスの情報機関MI5との接触にあったと著者はみる。青年とつながる地元グループの中に、中東のテロ行為にかかわる者がおり、青年も取調べや尾行の対象にされた。MI5は青年の就職先に横やりを入れて辞めさせたり、婚約者の家族に接触して破談にさせたりもした。

生きる望みを失い、憎しみを吐き出す先にあったのが、イスラム国への参加だった。著者は偶然にも、その頃の青年を取材していた。そして少数派を差別する社会経済の状況に加え、保安当局が常套手段とする嫌がらせや脅迫行為が、若者を先鋭化させる悪循環を生み出していると指摘する。

後藤さんらの画像が公開されたのは、外遊中の安倍首相が「イスラム国と戦う国々」へ2億ドルの拠出を表明した3日後。「ジョン」は、この演説への報復として後藤さんらを殺害した。本書を読めば、この事件のわずか3ヵ月前には欧米の人質が次々に「ジョン」に処刑され、国際的にいかに緊迫した時であったかがよく分かる。日本政府は後藤さんらが捕らわれている情報も知っていた。それなのに、という憤りはますます募る。

著者は「テロとの戦い」という言葉にも疑問を呈す。彼らを敵として認めることで、イスラム国は若者をリクルートしやすくなるという。「ジョン」はアメリカのドローン攻撃で爆殺されたが、その替えはいくらでもいる。安田純平さんの安否が心配されてならない。

少女が見た戦前の帝都

中田整一著『虹の橋を渡りたい』は、二・二六事件の一連のスクープで知られる著者と、幼い頃に生家で二・二六事件を目の当たりにした画家・堀文子さんの出会いから始まる物語だ。

堀さんの戦前の証言は、具体的で歴史的である。摂政時代の昭和天皇は、堀さんの小学校のそばを通る時には手を振ってくれた。それが昭和に入ると「お車すら見てはならぬ」お触れが出回る。時代の変化が「肌でわかりました」と。また、二・二六事件の現場に近い堀さんの母校が保管していた当日の詳細な記録も、本書で初めて公開されている。

堀さんが画家の道を選んだのは「当時は何をしても戦争に利用されるということに恐怖を抱いていた、だから何も役に立たない『美』に近づこうと思った」から。戦後の堀さんの人生は、その美の世界で結実していく。

心に残る一文がある。「絵を描くということは、私の血や肉が奪われて絵になって逃げてゆくことなんです。絵が出来て人手に渡る時は葬式なんです。2度と振り返ることができない、わたくしのその時の存在が乗り移っているんです」。堀さんは自らを「一所不住で遍歴修行をする禅僧の雲水」に例え、「技術の巧みを追い求める絵の職人」を自任する。平和な時代だからこそ、道は極まった。

ただ、本書は過去の評伝に終わらない。堀さんは95歳を迎えた2013年暮れ、切羽詰まった思いに駆られ、東京新聞に投書を送る。国民に相談もなく特定秘密保護法を成立させた政権の独断に怒り、日本は再び危険な野望に向けて暴走を始めているのではと訴えた投書は翌年、掲載された。この国の百年の歩みを見つめ続けてきた人の言葉は重い。「女とマスコミがしっかりしていれば戦争は防げる」との格言も肝に銘じたい。

笹山敬輔著『昭和芸人 七人の最期』もまた、道を極めた芸人たちの物語。中でもエノケンの生き様は凄まじい。浅草のアチャラカ喜劇で活躍してきたエノケン。同じお笑いでも、終戦後は「お客さんの笑い方がまるっきり違う」と語っている。戦前はどこか遠慮がちだった空気に、戦後は安心が加わったとか。厳しい食糧難は続いたが、空襲は無くなり空は広くなった。

エノケンは芝居を通じてお客に人生問題なんか考えさせたくないと言って憚らなかった。「芝居を見ている間だけは、何も彼も忘れちゃって愉快になる。エノケン面白かった―それでいいんじゃありませんかね」。

晩年、病で片足を失ってからも義足で宙返りをして見せた。溺愛していた息子が病死した時も、代役を断って舞台に立った。自分が一生懸命やればやるほど、客の方が同情してシーンとなってしまうのは辛かったとボヤいている。

宇宙の営みから見ればほんの一瞬の人の生涯、とことん好きなことに打ち込んで終われたらどんなにいいことか。

堀川惠子(ほりかわ・けいこ)
'69年、広島県生まれ。ジャーナリスト。『教誨師』で城山三郎賞。『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞。月刊誌「本」(講談社)に『戦禍に生きた俳優たち』を連載中

『週刊現代』2016年9月24日・10月1日号より