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ついに検出された重力波、それはわれわれの宇宙観をどう変えるのか?
人類が新たに手に入れたツール

とてつもなく小さな波が宇宙観を変える!

地球から太陽までの距離で、水素原子1個分の伸び縮み――とても可能とは思えない微小な波の観測に、「予言」から100年で人類はついに成功した! その本質を理解するために知っておきたいことを重力波研究のリーダーがやさしく濃く解説する。

はじめに

2016年2月11日の深夜、私は東京都内の、ある新聞社の本社ビルにいました。その日、アメリカのワシントンDCで、重力波望遠鏡プロジェクトLIGO(ライゴ)の記者発表が行われる予定になっており、その内容を確認してほしい、という依頼を受けていたのです。

この記者発表は、科学史に残るような重要なものになるかもしれない、という期待がありました。

しかし一方で、LIGOからの事前のアナウンスは、「アインシュタインが重力波の存在を発表してから100年を記念して、最近の活動の様子を報告する」といったもので、具体的な内容は明らかにされていませんでした。

時差の関係で、発表の時間は日本では深夜になります。もし重要な内容だった場合は翌日の朝刊に記事を間に合わせなくてはならないため、新聞社内で待機して研究者の立場から確認してほしい、と頼まれていたのです。

その「噂」は、前年の秋ごろから話題になっていました。アメリカの著名な理論物理学者が、インターネット上で「LIGOが重力波の初観測に成功したらしい」というつぶやきを流したのです。具体的な内容も加えられていたため、科学雑誌の電子版も何度か、そのことをとりあげていました。

しかし、当のLIGOはというと、「解析結果がまとまったら報告する」という反応のみで、それ以上の情報はほとんど漏れてきません。個人的にLIGOの共同研究者に聞いてみても「それは秘密だ」とかわされます。

不確かな情報が先行し、それが誤りだったとすると、研究分野や科学に対する信頼にかかわります。また、噂に影響されて当事者たちが落ち着いて解析できなくなるような状況になることは避けなければなりません。そのため重力波分野の多くの研究者は静観し、外部からの問い合わせに対してもLIGOと同様の返答に終始していました。

私の周囲で動きが出てきたのは、2016年の2月に入って間もないころでした。LIGOが記者発表を行う予定であることが報じられ、それと前後して、報道関係者からの連絡を受けるようになりました。

重力波とは何かという質問や、「噂」の真偽の問い合わせ、本当だったときのための予定稿の内容確認などでした。具体的な内容にまで触れた新聞社もあり、私だけでなく幅広い関係者に取材をしている様子がうかがえました。

そうして迎えた、2月11日の夜――新聞社に到着した私は、科学部のフロアに入るやいなや、一枚の紙を見せられました。それは現地の記者発表会場にいた記者から送られてきたばかりの、プレス発表のコピーでした。

事前にある程度のことは知っていましたが、その紙にさっと目を通したとき、やっと確信することができました。私はこう答えました。

「大丈夫です。(予定稿を)進めてください」

発表の内容は、LIGOが重力波の観測に間違いなく成功したことを示すものでした。

これで、この日の私の役目はほぼ終了です。あとは記者発表の中継を見ながらかんたんな解説を加えるのみで、比較的のんびりと過ごしていました。

周囲では、10人ほどの記者の方たちが、パソコンで記事を書いたり、その内容を相談・確認したりとせわしなく動きまわっています。自分が一般向けの講演などで苦労しながら説明してきた「重力波」とか「相対性理論」とかいう言葉を、人々が口々に話していることに不思議な気分を感じながら、仕事の邪魔をしないようにときどき、記事の表現に口をはさんだりしていました。

事前に約束していた別の何社かの電話取材も受けつつ、新聞づくりの現場を疑似体験させてもらいました。帰宅したのは、午前4時前ころだったと思います。一息つきながら、時代が大きく変わったのだと、感慨にふけりました。

この日、LIGOが発表したのは、1916年にアルベルト・アインシュタインが一般相対性理論の帰結のひとつとして存在を予言していた「重力波」の観測に初めて成功した、というものでした。

太陽の36倍と29倍の質量をもつ、2つのブラックホールからなる連星が、地球から13億光年離れた場所で合体し、太陽の62倍の質量をもつ新たなブラックホールが生まれた様子を重力波で観測した、というのです。観測された信号は、非常に明確なものでした。