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流刑、堕胎、村八分…江戸の残酷世界にようこそ
花村萬月、渾身の「暗黒小説」 

救いようがないほど残酷

歴史の表舞台には決して出てこない、江戸の悲惨さを描いた小説『日蝕えつきる』。登場人物の姿を「救いようがない」ほど凄惨に描いた著者・花村萬月さんの意図とは?

―江戸時代の皆既日蝕を背景に起きた、男と女の残酷物語5編を収めた本書。同時期に発生した浅間山噴火、それを原因とする津軽地方での飢饉なども含め、この「暗黒の時代」を緻密に描いています。執筆のきっかけは何だったのでしょう。

ある日、古文書を眺めていたら「天明六年の元日の昼に皆既日蝕が起こり、一刻のあまり江戸が闇夜のようになった」という記述が目にとまりました。正月早々の皆既日蝕というのはおもしろいなと思い、日蝕に収束するいくつかの作品の輪郭が頭に浮かんだんです。

自分の場合、小説は「日蝕」のような象徴となるキーワードが見つかり、題名が浮かべば、事前に筋書きはまったく考えずに書き始められます。なりゆきに任せても、象徴のイメージさえきちんと掴んでいれば、話は自然と落ち着くべきところで終わるんです。

―各短編の題名はいずれも主人公の名前。「千代」は江戸で夜鷹(売春)をする女、「吉弥」は歌舞伎の役者になることを夢見ながら男相手に体を売る男児です。二人が生きる世界は悲惨そのもの。江戸の社会はこんなにも厳しい環境だったのかと驚きました。

かなり殺伐としていたようです。最初に頭に浮かんだのが、冒頭に置いた、唐瘡(梅毒)にかかる千代の物語ですが、当時の吉原で客を取る女郎は性病になるのが当たり前で、平均寿命は22~23歳と言われていました。

また、歌舞伎役者として舞台に上がれない少年は「陰間」と呼ばれ、僧侶や武士を相手に売春を行っていました。江戸は男色が盛んな町。本書に書いた、男を受け入れるための陰間の「鍛錬」の詳細はすべて史実です。

あまり表立っては口にされませんが、歌舞伎はもともと出雲阿国の時代に売春の客寄せとして始まりました。つまり、当時の役者はそういう意味で「売り物」だったのです。

―「長十郎」は貧乏長屋に住む浪人で、町芸者に入れ込んで借金を背負った挙げ句、女房に不義密通されてしまいます。これまた救いようのない話ですが、最後の壮絶な夫婦喧嘩の場面では腹を抱えて笑いました。

この小説は私の大好きな映画、夭折した山中貞雄監督の『人情紙風船』へのオマージュとして書きました。映画の主人公の浪人は誇り高い真面目な男でしたが、長十郎は嫁さんが稼いだ金で芸者を買うようなどうしようもない男です。

しかし実際の江戸時代を生きていた下級武士の多くは、こういう男だったと思うんですね。戦争がない時代に軍人として生まれた悲哀と情けなさを描いてみたかった。