科学
「量子物理学」はいかに発見され、次にどうなるか?
物理学者は「ハムレット」を待っている

日本人が、高校までの物理で学ぶのはニュートンに代表される古典物理学。ところが、新聞の科学報道を賑わすのは、その先の「量子物理学」だ。極小の世界は、ニュートンが叙述した肉眼で見える世界とはまったく別の力学法則で動いている。

すべての物質は、振動するひものようなものでできているとすると説明がつくという「超弦理論」の最先端の研究者大栗博司教授が、ノーベル物理学賞受賞者のレオン・レーダーマンによる新著『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』を読み解く。

量子物理学のはじまり

「この世界には、われわれが哲学で夢見るよりも多くのことがある」

亡き父の亡霊に会ったハムレットが、それを信じられない友人のホレイショ―に語りかける言葉だ。1988年のノーベル物理学賞を受賞したレオン・レーダーマンは、その著書『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』(青木薫訳、原題は“Beyond the God Particle”)でこのセリフを引用した後、こう続ける。

(この言葉は)物理学がなぜこれほど魅力的な学問なのかということを、うまく捉えている。物理学は、(中略)あと少しで自然とこの世界についてすべてを理解できたと思うたびに、どこからかハムレットがひょっこりと現れて、この世界にはもっとたくさんのことがあるのだよと教えてくれるのだ。

私はこの一節を読んだとき思わずうなってしまった。20世紀の物理学の歴史は、私たち理論物理学者が「あと少しですべて理解できたと思うたびに」、新しい実験によって覆されるという驚きの連続だった。これは、そのような驚きをもたらした実験家の代表でもあるレーダーマンの、面目躍如たるセリフではないか!

レオン・レーダーマン 1922年、アメリカ生まれ。実験物理学者。ミューニュートリノの発見でレプトンの二重構造を実証し、1988年ノーベル物理学賞。1979年から1989年までフェルミ国立加速器研究所の所長を務め、半世紀にわたり、加速器実験によるアメリカの素粒子物理学を主導してきた。「笑う物理学者」とあだ名されるほどジョーク好きの人柄でも知られ、ヒッグス粒子に「神の粒子」と命名して物議をかもした。

そもそも、ニュートンに代表される「古典物理学」によってすべてが理解できたと思っていた時に、それを超えるものとして発見されたのが、本書のタイトルにもある「量子物理学」である。

1909年、英国のアーネスト・ラザフォードのグループは、薄い金箔に「アルファ粒子」に打ち込む実験をしていた。そして、予想外の結果を得る。1万個に1個のアルファ粒子が、大きくはねかえされて戻ってきていたのだ。

ラザフォードは、原子の中心に正の電荷を持った小さなかたまり、すなわち原子核があり、そのまわりを負の電子がまわっているからだと説明した。原子核の発見である。

しかし、この説明には重大な矛盾があることを指摘したのが、デンマーク人の若い理論物理学者のニールス・ボーアだ。

古典物理学の法則が適応されるのであれば、<電子はくるくると螺旋を描きながら原子核に墜落するはずなのだ。もしそうなら、われわれのような物理的世界はありえないということになる>。

極小の世界では、古典物理学では説明できないことが起きていた。これが量子物理学の始まりだと、レーダーマンは生き生きとした筆遣いで書いている。

量子物理学自体が、ラザフォードの実験と、ボーアの理論によって生み出されたように、この後の量子物理学の歴史は、実験家と理論家が車の両輪になって押し進めてきた。