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日本映画史の中の『君の名は。』と『君の名は』〜爆発的ヒットの秘密
「運命の人」をめぐる物語

『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督、樋口真嗣監督)が大ヒットし、興行収入70億円を突破する勢いだというが、それを抜きそうな勢いでアニメ『君の名は。』(新海誠監督)もヒットし、こちらは100億円が見えてきていると報じられている。

その昔、アニメと特撮は一部のマニアが見るものと白眼視されていたのを体験している世代としては、夢のような時代だ。

映画史をひもとくと、「ゴジラ」と「君の名は」の文字がタイトルに入る映画が興行ランキング上位にあった年が、他にもある。

62年前も『ゴジラ』と『君の名は』が大ヒット

最初の『ゴジラ』(本多猪四郎監督)が公開されたのは1954年11月で、その年の4月に、松竹映画『君の名は』(大庭秀雄監督、菊田一夫原作)も公開され、大ヒットしているのだ。

1954年の『ゴジラ』対『君の名は』の観客動員対決では、『君の名は』が圧勝だ。

『君の名は』はNHKラジオで1952年から54年まで放送され、大ヒットしたドラマの映画化だ。岸惠子と佐田啓二が主演し、1953年9月に第一部、12月に第二部が公開され、54年のゴールデンウィークに公開されたのは第三部にあたる。『君の名は』は松竹映画で、東宝が同時期に封切ったのが黒澤明の『七人の侍』だった。つまりは日本映画黄金時代のまっただ中にあたる。

その黄金時代、黒澤明や小津安二郎、木下恵介、溝口健二、成瀬巳喜男らの映画史に残る名作よりもヒットしたのが、メロドラマの中のメロドラマ『君の名は』三部作だった。

1953年の興行ランキング1位が『君の名は』「第二部」で3億0002万円、2位が「第一部」で2億5047万円、54年の1位が「第三部」で3億3015万円である。続編の観客動員は前作より減ることが多いが、『君の名は』はその逆で増えている。

同時期の東宝の『七人の侍』は2億9064万円で3位と、金額ではかなり差が付けられている。対する『ゴジラ』は54年の8位で1億5214万円だ。

2016年も、『君の名は。』が『シン・ゴジラ』を抜くだろうと言われており、大怪獣を退治する話よりもラブストーリーのほうがヒットするのは今も昔も同じなのだ。

『シン・ゴジラ』と『ゴジラ』は一応のつながりがあるが、『君の名は。』と『君の名は』にはタイトルが似ているだけで、何のつながりもない。ストーリーが「男女がなかなか会えない話」という点での共通点はあるが、そんな話は他にもいくらでもあるから共通点とは言えない。

菊田一夫作『君の名は』はその後も何度かテレビドラマになっているが、最後が1991年でNHKの朝ドラだった。どうでもいいが、この年も広島東洋カープが優勝した年で、カープが優勝した年も『君の名は』とは縁がある。

いずれにしても、『君の名は。』の観客の多くは、1954年の岸惠子の映画も91年の朝ドラも知らないだろうから、リメイクだと勘違いする人も、まずいないだろう。

『君の名は。』を見に行った若いカップルにとって、この古風なタイトルは、かえって新鮮に映ったに違いない。

「小さな物語」か「大きな物語」か

フィクションの分類のひとつとして「大きな物語」と「小さな物語」がある。

前者は天下国家という大きなものを描く作品群をいう。戦争や革命そのものを描くものや司馬遼太郎の歴史小説などが、最も分かりやすい「大きな物語」だ。『シン・ゴジラ』はこれに分類できる。

「小さな物語」は、個人の人生・生活を描く物語だ。若い男女の恋愛や、友情や、親子の葛藤、あるいはそれらを原因とする殺人事件などが描かれる。数では、こちらのほうが圧倒的に多いだろろう。

なかには、『戦争と平和』や『風と共に去りぬ』のように、大きな物語のなかでの小さな物語を描いたものもある。

菊田一夫の『君の名は』も、戦争と戦後という「大きな物語」を背景にしているので、『風と共に去りぬ』系のように見えなくもないが、あくまで男女のすれ違いを描くメロドラマなので、「小さな物語」だ。

新海誠の『君の名は。』はどうか。最初は「小さな物語」として始まるが、やがて「大きな物語」になりかけて、結局は「小さな物語」として終わる。かなり複雑な構造を持つ。

菊田一夫版『君の名は』とは

菊田一夫の『君の名は』は、戦争末期に物語が始まる。

1945年(昭和20年)5月24日の東京大空襲(3月10日が有名だが、東京への空襲は何度もある)のさなかに出会った氏家真知子と後宮春樹は、助け合いながら銀座の数寄屋橋(いまの銀座四丁目の交差点のあたりにあった)まで逃げて朝を迎える。この空襲の特撮シーンはゴジラ顔負けの迫力だ。

そして、二人は「生きていたら半年後(11月24日)にまたここで会いましょう」と言って別れる。その時、「君の名は」ときいたのだが、空襲警報が鳴ったので、名前は半年後に、ということで別々の方向へ行く。名前すら分からないまま別れた二人が、戦後、会おうとしてもなかなか出会えないという話だ。

この話は1940年に作られた、ロンドンを舞台にしたアメリカ映画『哀愁(WATERLOO BRIDGE)』が原型だ。『哀愁』ではウォータールー橋で出会った男女(ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーという当時最高の美男美女が演じた)の話が、『君の名は』では数寄屋橋で出会った男女(映画では佐田啓二と岸惠子)の話になる。

いまでは「パクリ」だと批判されるが、外国映画の物語の基本設定を無許可(原作料を払わずに)で日本に移して作られた映画は多い。

*次ページ以降、『君の名は。』のストーリーにある程度ふれますので、これから観ようとしていて、ストーリーを知りたくない方はご注意ください。