中国 青島
青島の海軍博物館で中国の「内なる戦い」に思いを馳せる
近藤大介の青島レポート【後編】

青島レポート前編はこちら(gendai.ismedia.jp/articles/-/49693)

国家AAA級指定の観光地

翌朝、ギラギラする陽光を浴びながら、海岸に沿って歩いてみた。中国では、港のある所には、必ず「天后宮」(ティエンホウゴン)がある。天后宮は船の守り神であり、古代から船乗りたちは天后宮で、航海の無事を天に祈願してから出港した。

青島の天后宮は、青島湾を見下ろす高台の上にあった。そこから海岸沿いに、さらに西側に下っていくと、海軍博物館があった。

中国海軍は、黄海を防衛する北海艦隊、東シナ海を防衛する東海艦隊、そして南シナ海を防衛する南海艦隊を擁し、北海艦隊の本拠地が青島である。天安門事件が起こった1989年の国慶節(10月1日の建国記念日)に、この地に中国唯一の海軍博物館がオープンした。

海軍博物館は、国家AAA級に指定された観光地なので、外国人である私が訪れても問題はない。というわけで、「古代から現代に至るまで中国海軍のすべてを展示した博物館」というホームページの宣伝文句に惹かれて、35度の猛暑の中、わざわざやって来たのだ。

だが、あろうことか、博物館は7月15日から拡張工事のため閉館していた。そんなことなら、ホームページで知らせてくれればよいのにと、思わず係員の男性に文句を言ったら、彼は胸を張って反論してきた。

「しばらく前に、習近平主席が青島を視察し、仰った。『海軍博物館を大幅に拡張し、わが海軍の勇姿を国民に示すのだ』と。そこで『五四運動100周年』に間に合わせるべく、工事を始めたのだ」

五四運動というのは、1919年5月4日に北京で発生し、その後、中国全土に広がった、有名な抗日運動である。第一次世界大戦後のパリ講和会議で、「日本がドイツから接収した山東半島の権益を認める」とベルサイユ条約に定められたため、これに反対する中国のインテリたちが起ち上がったのだ。

青島は、山東半島を代表する港湾都市であり、後述するように、市庁舎近くの五四広場が町のシンボルとなっている。

それでも私がげんなりした表情でいると、係員は「屋外の展示はやってるから、半額の30元」と宥めるように言って、海の方を示して三つ指を立てた。そこで、言われるままに海沿いの細道を下っていった。

道の陸側にあたる右手には、海鮮料理のこじんまりしたレストランが並立していた。以前訪れたナポリの港町のようだ。道を下りきったところが、臨時の博物館入口になっていた。

戸外の展示物は、第二次世界大戦や戦後に活躍した戦車や爆撃機などだった。子供たちが遠慮なくそれらに乗って、親に写真を撮ってもらっていた。

左手の海側には、フリゲート艦『鷹潭』号が停泊していて、中を見学できるようになっていた。入口には、次のような看板が立っていた。

〈 鷹潭号は、わが国が開発した初代の053K型航空ミサイル護衛艦である。艦長103.5m、幅10.8m、最大排水量1755t、最大速度30ノット。1974年に服役し、1986年8月に中央軍事委員会によって『鷹潭』号と命名された。

1988年3月14日、『鷹潭』号は南沙諸島において、赤爪礁の海域で、自衛反撃戦に参戦した。他の艦艇と共同作戦を取り、敵艦1隻を沈め、数隻に打撃を与える戦功を得た。祖国の領海と主権の防衛に、多大なる貢献をしたのだ。

その後、1994年に引退した。これまで鄧小平、江沢民、楊尚昆、劉華清らが参観している 〉

赤爪礁の戦いとは、日本では「スプラトリー諸島海戦」と呼ばれる、南シナ海における中国とベトナムとの衝突だ。この海戦に勝利した中国は、ジョンソン南礁(赤爪礁)を実効支配するに至った。

早速、灰色の鉄艦に乗船してみた。乗船口近くの後部には、ヘリコプターの発進装置がついていた。甲板を前方に進むと、11門の砲身が付いた砲台があり、射程距離は15㎞~80㎞だという。

続いて、隣に停泊している『済南』号にも乗船してみた。艦長132m、幅12.8m、最大排水量3833t、最大速度38ノット。『鷹潭』号よりも一回り大きいミサイル駆逐艦だ。大連造船所で建造され、1971年の大晦日に海軍に編入された中国第一号のミサイル駆逐艦である。

『済南』号にも、1979年8月2日に鄧小平が参観していて、「現代の戦闘能力を有した強大な海軍を建立するのだ」と訓示したという。この前後、鄧小平は、改革開放政策を始めたり、アメリカとの国交正常化を果たしたりと多忙を極めたが、海軍にも視察に出かけ、鼓舞していたのだ。

甲板の上では炎天下の中、砲台の影に立った二人の中年女性が、自分たちの子供が甲板を走り回っている姿を見やりながら、大学時代の軍事訓練の思い出話を語り合っていた。小銃訓練で何発命中したとか、匍匐前進訓練が辛かったとかいう話だ。

別の父親は、やはり砲台の前で小学生の息子の頭を撫でながら、「お前も大きくなったら、祖国の海洋大国への道に貢献するんだぞ」と諭していた。

中国は徴兵制は敷いていないが、大学生に一定の軍事訓練を課している。私は1995年に北京大学に留学したが、当時は北京大学に入学した男性学生は、まず軍の宿営地に押し込まれ、一年間の軍事訓練を課せられていた。二度と天安門事件のような学生運動を起こさないようにと、鄧小平の鶴の一声で決めたというが、事実上の徴兵制だった。

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