企業・経営
あの大騒動を乗り越えて…業績好調!「匠大塚」の知られざる経営哲学
大塚勝之社長に聞く

高級家具を販売する匠大塚。大塚家具を全国区に成長させた大塚勝久氏が会長に、長男の勝之氏が社長になり、'15年に誕生した企業だ。業績は好調で、埼玉・春日部市のデパート跡に家具店としては日本最大級の売り場面積を誇る店舗を開業。大塚父子の家具への情熱を知る顧客で賑わっている。大塚勝之社長(47歳)に聞いた。

品質にこだわりぬく姿勢

光沢

家具ほどお客様が理解しにくい商品はないと思います。安くてつくりが粗雑な品も、新品の時は美しく見えるのです。しかし数年経つと、木材がゆがんだり、木製、紙製の部分がそれぞれの色褪せ方をしてまだらになったりします。

一方、将来アンティークになる品質の家具は、使い込むほど動きが滑らかになり、時が経つほどに美しい光沢を放ちます。将来の市場価値を考えると、よい家具は結局、安物よりコストパフォーマンスが高い場合が多いのです。

男三代

私の祖父は桐箪笥職人の名人でした。桐箪笥は、家具のなかでもとくに、素人目にはいい品とそうでない品の判別がつきにくい商品です。そこで父は、桐箪笥を前に、なぜこれがよく、これが悪いのか、お客様に見るべきポイントを説明しながら販売しました。すると、桐箪笥以外の商品も父から買いたいというお客様が増えたのです。

次第に扱う商品が増え、父の代ではわざわざ「歩きやすい靴でお越し下さい」と広告するほど売り場面積が広がりました。

海外からの仕入れの際も品質にこだわりました。質が思わしくなかった時は、店頭に並べませんでした。私も子供の頃から、父に連れられ、二人で世界中の家具メーカーを訪ねました。印象に残っているのは、品物を買う側、売る側それぞれの目です。

父が「この品は本物か」と厳しい目で見れば、職人も「このよさがわからんヤツには売らん」とばかりの目で火花を散らしているのです。そして、互いが認め合うと無二の理解者のようになる―。言葉が通じなくとも、そこには濃密な会話がありました。

'93年、海外の家具メーカーを視察した時に撮影した記念写真。父と二人三脚で「本物を探した」

言い訳

生まれは春日部で、父の家具店を遊び場に育ちました。スポーツが好きで、短距離走者として小学校代表になって、国立競技場で他校の代表と競って上位入賞したこともあります。オリンピックの選手になれるかも、と思った時期さえありました。

スポーツと経営は、似た側面があります。うまく行かない時、必ず言い訳のひとつくらいはあるのです。でも結果が出なければ、すべて自分のせい。私は、たとえ部下が失敗しても「もっとわかりやすく指示しておけば……」と自分を責めます。その考えの源に、スポーツの経験があります。

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