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聞くも涙、語るも涙…すしざんまい木村清社長とマグロとの「出会い」
島地勝彦×木村清【第2回】

撮影:立木義浩

第1回【 「マグロ大王」は“平成の快男児”である

シマジ あれ? ネスプレッソの末吉が遅いね。なにかあったのかな。

ヒノ ごめんなさい。じつは、忙しさにかまけて、末吉さんに日時を連絡するのを忘れてしまったんです。

シマジ 今日は対談が済んだら、築地の「すしざんまい本陣」にご招待していただくことになっているんだぞ。ヒノ、美味しいアイルランドのマグロを可哀相に末吉は食べられないのか。

ヒノ すみません。この分は後日ぼくが末吉さんを「すしざんまい」にご招待しますから、今日のところは勘弁してください。

木村 ヒノさん、いつでもお待ちしておりますよ。なにせうちは年中無休24時間体制でやっていますから、ご安心ください。

ヒノ よろしくお願いいたします。

立木 それにしても年中無休の24時間営業ってのは尋常じゃないね。食材を各店に運び込むんだって大変だろうに。

木村 そこは少年自衛隊時代に培ったまさにロジスティックス(兵站)ですね。うちには鮨を握る職人が800人以上、裏で働く人たちがその半分の数います。

シマジ 東京ばかりではなく全国に展開しているんですよね。

木村 そうです。「すしざんまい」の地方1号店は2010年4月12日に出店した福岡の天神店でした。

シマジ よりによって日本一美味い食材が豊富な博多に「すしざんまい」をオープンしたんですか。それはまた挑戦でしたね。

木村 はい。福岡の人たちは舌が肥えているという評判でしたが、ネタは従来うちで出しているのと同じもので勝負しました。ただ驚いたのは、魚をつまみに酒を飲んだお客さまが「〆にお茶漬けを食べたい」と仰ったことでしたね。関東では〆に寿司をたべるのですが、福岡ではちがっていました。

といってもうちではお茶漬けを出すようなことはしませんでした。ただし醤油だけは2種類用意しました。関東のしょっぱい醤油と九州で使われているあの甘い醤油です。これはかなり受けましたね。

シマジ なるほど。ところ変れば文化が変わり、味覚も変りますものね。

木村 でも、大阪出店のときには、嗜好のちがいに驚きましたね。2012年9月に道頓堀店を出したんですが、玉子焼きをめぐってひと悶着起こりました。

大阪のお客さまは、わたしたちが出した玉子焼きを召し上がって文句をいったんです。「味も素っ気もない玉子焼きやな。こんな不味いものをよう出すわ」と。まあ関西の玉子焼きといえば「出し巻き玉子」のことです。関東の砂糖を加えて焼いて醤油をつけて食べるのとはまったく別物なんですね。

あんまり評判が悪くて売れないので、店員からも「大阪は出し巻き文化なんですから、社長、それに合わせましょう」という意見が出ましたが、それでもわたしは築地の玉子焼きを出し続けました。最近ではようやく関東の玉子焼きを美味しく感じる人が増えてきて評判もよくなり、売り上げも伸びてきました。

立木 木村社長の食い物に対するその頑固さがいいよね。普通の経営者はそこまで徹底して出来ないよ。すぐに右顧左眄してしまうものなんだから。

木村 立木先生、お褒めにあずかりありがとうございます。今夜は先生の体をお借りして、真心を持って徹底的にご接待いたします。

立木 それほどのことはいっていないと思うけど。

シマジ 人生は出会いですね。こうしてタッチャンと木村社長が出会い、わたしとも出会い、輪が大きく広がっていく。すばらしいことじゃないですか。ところで、木村さんとマグロの出会いをお聞かせくださいませんか?

木村 それは聞くも涙、語るも涙の物語です。

立木 面白くなってきたぞ。ここはみんなで泣こうじゃない。おいシマジ、ティッシュはどこだ。

木村 話せば長いんですが、わたしがまだ食べ盛りの子供だった時代のことです。知人の法事に出かけた母親が、精進落としで出された料理のマグロをたった2切れ、わたしたち家族のために持ち帰ってきてくれたんです。

立木 シマジ、はやくティッシュをくれ。

シマジ タッチャン、いくらなんでも、ここで泣くのはさすがに早漏気味かと思いますよ。

立木 最近、歳のせいか涙もろくなってね。

木村 そのとき母はこういいました。「この2切れのマグロを2つに切れば、4つになるでしょう。1人で食べるより、こうして家族みんなで食べたほうが、喜びもまた4倍になるでしょう」と。

事実そのとき家族4人で食べたマグロの味は、後にも先にも食べたことのないくらい美味しかったんです。いまにして思えば、そのとき食べたマグロは、最も安いキハダマグロの赤身だったんですが、母が子供のためにわざわざ持って帰ってくれたマグロです。こんな嬉しいことはありませんでした。

いつか大きくなったら、上等なマグロを母にお腹いっぱい食べさせたい、とそのとき本当に思ったものです。それがいつの間にか、わたしの人生の目標になりました。

シマジ いいお話ですね。ヒノ、そこのティッシュをとってくれ。

木村 「食事はどんなものでもみんなで食べれば美味しいものなのよ」。これが母の口癖でした。わずか2切れのマグロを4切れにしても、家族全員で食べればこんなに美味しいんだということを母が教えてくれました。

ですからわたしが築地で起業したときの会社名は「喜代村」として、母から教わった「喜び」という文字を入れたんです。あのとき4倍に膨れ上がった「喜び」をいつまでも忘れないようにするためです。

タルサワ 木村社長、このお話はいつ聞いても泣けますね。

木村 ですから、その思いを込めて、「すしざんまい」では、みなさんに喜んでいただき、お腹いっぱい食べていただけるように、お手頃な値段設定にしているんですよ。その背景には、母と食べた幼少期のマグロの思い出があるのです。

シマジ お母さまはまだご健在なんですか?

木村 わたしに多くのことを教えてくれた母は、11年前、94歳で亡くなりました。入院中の病室にわたしは毎日マグロを届けました。そこでも母は、同室の方々にマグロを分けていました。いまでもその姿を思い出します。

立木 うーん、いい話だ。小学生の教科書に載せるべきだよ。その2切れもマグロをお母さんが持って帰らなければ、われわれ庶民はあの大トロを398円では食べられなかったんだからね。

シマジ タッチャン、どうして大トロが398円って知っているの。

立木 さっき、シマジがいわなかったか。

ヒノ シマジさんの過剰なるリアリズムが立木先生に伝染したんですかね。

シマジ 木村社長、母上のエピソードはマグロ以外にももっとあるんでしょう。この際、教えていただけませんか。

タルサワ 木村社長、あるじゃないですか。モーテル事件のお話が。