オリンピック
障がいは「人」ではなく、「社会」の側にある
パラリンピックで思いを馳せて

日本パラリンピアンズ協会(PAJ)では、オリンピック・パラリンピックイヤーに、パラリンピアンを対象にした「競技環境・その意識と実態調査」を実施しています。8月23日、北京、ロンドンに続いて3回目となった今回の集計結果が発表されました。

すべての集計結果はこちらから閲覧できます。パラリンピアンを取り巻く環境が、ここ4年でどう変わったかが見えてきます。

注目度は上がった

私がまず注目したのは、選手の経済的負担です。金額に関しては競技の違いなど様々な要因があるのでひとまとめにはできませんが、選手の経済負担額は前回の調査とそう変わっていません。助成金が増えていることを考えると、これは競技に関する活動の総量が増えている、そう分析しています。

選手が個人負担してもなお競技活動を増やしているということなのでしょう。パラスポーツの競技性がさらに高まり、より多くの時間をかけて強化を図っている証左です。

パラスポーツの競技性の高さは、やはり世界中のパラリンピアンが集うパラリンピックを観ると実感できます。高い競技性、パフォーマンスの素晴らしさに出合えます。パラリンピックとは4年に1度、パラスポーツを"スポーツ"として、捉えることができる最大の機会なのです。

リオ・パラリンピックでは、ぜひ選手たちに障がいがあることを"忘れさせてもらって"ください。たぶん様々な競技を見ているうちに、障がいに目がいかなくなり、そのことを意識しなくなるでしょう。

たとえば水泳競技。普段は車いすを使用している選手が、すごいスピードで泳ぎ切って、ゴールして笑顔で隣の選手と握手をかわす。そしてメダルを獲得した選手のインタビューを観ると、そこには堂々としたアスリートの姿があるでしょう。

競技を観て、思いを馳せてほしい

そこでぜひ、その選手の日常生活を想像してみてください。

移動のとき、たった数センチの段差があったら、そこを越えられない人もいます。あんなにすごい選手で、競技中は障がいを感じさせなかったのが、段差があると越えられない。そのときに「もしかしたら障がいというのは選手や人ではなくて、段差のことなのではないか?」と気づくことでしょう。

〔PHOTO〕iStock

また、ある選手のインタビューを聞いていると、その珠玉の言葉から私たちは、それぞれ自分に置き換えて様々な想いを湧き起こすことでしょう。その瞬間、この選手のように、障がいのある人は特別な人ではないのだと気づくはずです。

「障がいのある人たち」という、自分たちと違う、別の社会を勝手に想像して、それに対して壁を作ったり線を引いたりしていたのは自分たちだった……。彼らから見れば壁はないし、彼らからは線なんて見えないのです。

「障がいは人ではなく、社会にある」

パラリンピックは、そんなことに思いを馳せるきっかけに、きっとなることでしょう。 

まもなく始まるリオ・パラリンピックを観戦するのがとても楽しみです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。