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日銀の金融緩和は本当に「限界」なのか? 円高是正2つのシナリオ
9月決定会合の注目点
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マーケットエコノミストの「希望的観測」

9月20、21日に開催予定の日銀の金融政策決定会合で、金融政策スタンスが大きく転換するのではないかという思惑が金融市場に台頭している。

背景には、1月末に導入が決定された「マイナス金利政策」に対する低評価があると思われる。そのマイナス金利政策による影響として最初に指摘できるのは、金利水準の急低下、すなわち、イールドカーブの急速なフラットニング化である。

マイナス金利が適用される日銀当座預金残高はわずか(現在は約10兆円程度)で、これが直接的に金融機関の収益を圧迫しているとは思えない。

だが、マイナス金利の導入をきっかけに急速に進んだイールドカーブのフラットニング化による利鞘の縮小が金融機関の収益を圧迫しており、国内の資金需要がいまひとつ盛り上がらないまま、貸出金利の低下圧力に晒されていることから、金融機関は日銀の金融政策に対する批判を強めている。

そのため、8月には、金融機関に所属するマーケットエコノミストを中心に、9月の金融政策決定会合の場で行われる「総括的検証」では、これまでの金融緩和に対して「効果がなかった」と反省し、量的緩和の規模縮小やマイナス金利政策の撤廃を行うのではないかという見方が出ていた。

残念ながら、その見方は正しくなく、単なる「希望的観測」に過ぎない。量的緩和の規模縮小は「テーパリング」を意味するが、インフレ率が低下基調に転換しつつある現状、量的緩和の規模を縮小すれば、インフレ率はますます低下し、円高が加速するリスクが高まってしまう。

一応は「エコノミスト」という肩書きを持つマーケットエコノミストだが、注視しているのは「エコノミー(経済)」ではなく、縮小を余儀なくされている「債券マーケット」だけのようだ。実際に9月5日の講演会で、黒田総裁は、彼らの「希望的観測」を明確に否定した。

緩和路線縮小の可能性は皆無

筆者は、「総括的検証」ではむしろ、「これまでの金融緩和にはある程度の効果があった」という総括がなされる可能性が高いと考える。

マイナス金利導入以前の量的質的金融緩和に関する総括は、2015年5月、既に日銀の企画局からレポートが発表されている。そして、そこでは、「概ね想定されたメカニズムを通じて実質金利が低下した」旨の総括がなされている。従って、9月に「量的質的金融緩和」の縮小が実施される可能性は限りなくゼロだと考えてよいのではなかろうか。

一方、マイナス金利政策の効果だが、実体経済面では、住宅投資の拡大というプラス効果が発現していると考えられる。2月以降、住宅着工戸数は大きく増加した。7月の住宅着工は前年比+8.9%増で、季節調整済年率換算で100.5万戸であった。

マイナス金利政策が導入される直前の1月は同87.3万戸であったので、マイナス金利政策導入を機に急増したことになる。さらにいえば、住宅ローンの借り換えも進み、家計の借入負担も軽減されたと考えられる。

従って、マイナス金利政策の「総括的検証」についても、金融機関の収益に対するマイナス効果という「コスト」があることは指摘しながらも実体経済へのプラスの効果を強調する内容になる可能性が高いと考える。

従って、9月20、21日の金融政策決定会合では、従来の緩和路線を縮小していく可能性はほぼ皆無であろう。

そこで、筆者なりに今回の追加緩和の主な目標を考えてみると、それは、現行の円高水準の修正(1ドル=110円程度まで)ではないかと思われる。

円高の是正は、家計や企業の景況観の改善を通じて、予想インフレ率を引き上げる効果があり、ひいては、実際のインフレ率の上昇にもつながる。そのため、今回の日銀の金融政策決定会合で、現在の円高トレンドを変えるためには、追加緩和を実施する必要がある。

その場合、基本的には2つのシナリオが考えられる。1つめがマネタリーベースの供給ペース(現行は年間80兆円)を加速させること。2つめは、マイナス金利の「深堀り」である。

量的緩和の拡大余地はまだある

統計的な検証では、日銀がマネタリーベースを単純に拡大したからといって必ずしも円安が進行するわけではない。最近、筆者が用いている為替レートモデルでも日本のマネタリーベースの拡大はドル円レートの「長期的な均衡値」を円安方向に誘導する効果はあるが、短期的な円安誘導という「即効性」は確認されない。

これは、マネタリーベースの拡大が中長期的には予想インフレ率の上昇を促す効果があるものの、短期的には大きな効果が観察されるわけではないということと整合的な結果である。

一方、「日米金利差」を考えると、マイナス金利の「深堀り」の方が短期的な円安効果が期待できそうである。

だが、実際にはむしろ、マイナス金利導入以降に、円高が急速に進んだ。また、マイナス金利を導入している他の国や地域をみても、通貨安が実現した国(スウェーデン、デンマーク)と必ずしもそうではない国・地域(ユーロ圏、スイス)に分かれる。そして、その理由はいまのところ不明である。

日本の場合、マイナス金利政策の適用をきっかけに円高が進行した理由は、マイナス金利の導入によって、従来の「量的質的金融緩和(QQE)政策」の限界を露呈したと投資家(特に海外投資家)の多くがみなしたためである。

もちろん、これらの投資家はマイナス金利の限界も近い(せいぜい-0.4%程度)と考えており、そうすると、結局、マイナス金利政策を採用したところで、どちらにせよ、日銀の金融緩和の余地は限られているため、「安心」して円買いのポジションを取ることができると考えたのである。

日銀首脳は、度々、「金融緩和に限界はない」点に言及してきたが、3、4、6、7月の金融政策決定会合では、量的緩和の拡大がなされなかったため、「金融政策限界論者」たちは逆に自信を深めているのではなかろうか。

従って、筆者は、9月の金融政策決定会合で、マイナス金利の深堀りが選択されたとしても、それは「金融政策の限界点がより近づいた」と解釈される可能性が高いため、逆効果(すなわち、さらなる円高の進行)になるのではないかと危惧している。

以上より、筆者は、9月の金融政策決定会合では、「量の拡大」を実施したほうが円高是正策としての効果は大きいと考える。ただし、「量の拡大」にも限界があるという見方を投資家がとるとマイナス金利同様の結果になるため、量の拡大余地がなお大きいことも同時に示す必要がある。

そのためには、今回の金融政策決定会合で導入を決める必要がないと思うが、これまでとは異なる資産購入の検討を示唆するのも手かもしれない。