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すしざんまいの「マグロ大王」はまさしく“平成の快男児”である
島地勝彦×木村清【第1回】

撮影:立木義浩

<店主前曰>

すしざんまいの「マグロ大王」こと木村清社長は、まさに“平成の快男児”であった。昭和の御代までは快男児はゴロゴロいたものだが、世は移ろい、平成になって気持ちのいい傑物はとんとみかけなくなり、こじんまりした男ばかりになってしまった。

マグロ大王との対談はいつものサロン・ド・シマジ本店でやったのだが、終了と同時に大王はその場にいた全員を築地の「すしざんまい本陣」に招待してくれた。

こちらのメンバーは立木義浩巨匠、講談社のヒノ、今年講談社に入社し現代ビジネス編集部に配属されたアダチ、そして今回マグロ大王を紹介してくれた「島地勝彦公認万年筆顧問」のタルサワ、総勢5名であった。

「シマジさん、なにを召し上がりますか」

「対談に出てきたアイルランド産のマグロをぜひ」

さっそく全員にアイルランド産の中トロが配られた。

「美味い!大間のマグロが霞んでみえますね」と全員が舌鼓を打って絶賛した。

「これは残念ながら冷凍なんですが、それでもこんなに美味いんですよ。11月になりましたら、アイルランドから極上の大トロが入荷してきますから、そのときまたご招待いたしましょう」

食後は銀座の高級クラブを全員で2軒ハシゴした。それにしても大王の歌声は白眉だった。しばらくすると大王は78歳のタッチャンと75歳のわたしを連れ出して、また別の老舗クラブに案内してくれた。おそらくこれは高齢のわれわれに対する配慮だったのだろう。そこで2人を解放し、大王は若者たちが待っている店に悠然と戻って行った。

若者たちが解放されたのは午前1時過ぎだったと聞く。こんな豪快かつキレイに遊ぶ男は、いまの銀座にはそうそういないはずだ。久しぶりに出会った鯔背な快男児の気前のよさに感動した一夜だった。

* *  *

木村 やっぱりネクタイを締めたほうがいいですかね。ジャケットも持ってきました。

シマジ せっかく持ってきていただいたんだから、ジャケットを着てもらいましょうか。途中で脱いでもらっていいですからね。ネクタイも締めましょう。

ヒノ そういうシマジさんはネクタイしてないじゃないですか。

シマジ ほら、木村さんは大きな会社の社長だろ。一方わたしはいまや自由人だからね。でもこのようにサスペンダーには凝っているんだよ。

木村 おっ、素敵なサスペンダーですね。その前にシマジさん、洗面所をお借りできませんか。今朝早かったもんですから、つい鬚を剃るのを忘れてしまったんです。

シマジ どうぞ、どうぞ。あちらに鏡があります。でも木村さんの鬚は薄いんですね。

木村 そう、薄いんですけれども、せっかく立木先生に撮っていただくので。ではちょっと行ってきます。

<しばらくして戻る>

木村 すみません、お待たせしました。はじめてください。

シマジ では木村さん、まずはネスプレッソのカップを持ってレンズをみてください。

木村 ネクタイ曲がっていませんか。

シマジ ホントだ、ちょっと直しましょう。それではもう一度カメラをみてください。

立木 はい、OK!

木村 シマジさんは集英社で福田さんの先輩だと聞いておりますが。

シマジ 福田って、福田収のことですか。あ、わかりました。少年自衛隊の繋がりですね。

木村 はい。福田さんは大先輩です。漫画家の本宮ひろ志さんと武論尊の岡村善行さんも少年自衛隊出身なんですが、あの2人に福田さんを紹介してもらったんです。

シマジ 福田はわたしが週刊プレイボーイの編集長のときの副編集長でした。バランス感覚に富んだ働き者でしたよ。わたしにとって最高の参謀でした。

立木 あの当時の週刊プレイボーイの連中は福田以外全員狂っていたんじゃないの。いちばん狂っていたのがシマジかな。

シマジ そうだ、思い出しました。福田は大検を受けて青山学院大学に入ったんでしたよね。

木村 わたしも大検を受けて中央大学に入りました。

シマジ マグロ大王にお会いしたら、いの一番にお訊きしようと思っていた質問があります。

木村 はい、はい。何なりと訊いてください。

シマジ いまや世界中でマグロが捕れますが、いちばん美味いのはどこのものですか。

木村 いちばん美味いのはアイルランド沖で捕れるマグロです。北緯65度、ロックオールバンクのクロマグロが最高です。わたしは「スーパーマン」という名前をつけているくらいです。

シマジ ほぉー、アイルランド沖ですか。あちらの人はマグロは食べないですよね。

木村 食べません。そうなんです。

シマジ 木村さんはそこに目をつけたんですね。

木村 北大西洋のマグロも25年前は少なくなってきていたんです。それでグリーンピースが出てきて、アイキャット(ICCAT:大西洋マグロ類保存国際委員会)が出てきて、マグロを捕っちゃいけないということになったんです。

そこでわたしはマグロの「備蓄」ということを20年前からはじめたんですが、5年前ぐらいからマグロがどんどん増えてきて、いまでは1日で1年分採れちゃうんですよ。

シマジ 1日で1年分ですか! それはすごい!

木村 はい。3万トン。それも200キロ、300キロの大型ばかりですよ。

シマジ マグロは回遊魚で、高速で泳ぎ回ってないと死ぬといわれていますよね。それなのによく備蓄なんてことを考案しましたね。通念を破るとか、発想の転換とよくいわれますが、実行するのは難しいことだと思います。

木村 はじめは30メートルの生簀に入れて回してたんです。いまは50メートルの生簀ですけど。でもこれをやろうと思ったら、「お前はバカか!」といわれましてね。「時速150キロで泳いでるんだぞ。マグロを生簀なんかに入れたら、おたがいにぶつかって死んじゃうぞ」と。

そこでわたしが「じゃあ、あなた、試してみたことがあるんですか」と訊いたら「ない」という。やったこともないのに知ったかぶりする人が魚業界には多いんですね。ですからわたしは知ったかぶりをする人は大嫌いです。

自分で1回試してみたのならわかりますよ。まったく経験もしていないことを得意げに話をする人、みてもいないのに聞いたことをみてきたように話す人がよくいるでしょう。

シマジ 木村さんはそういうつまらない固定観念をぶち破って、1995年頃からマグロの備蓄をはじめたんですね。

木村 その通りです。はじめは実験のつもりでやってみたんです。

シマジ 小さな子供みたいなマグロを生簀に入れて、大きく育てるんですか?

木村 最初は15~20キロくらいのマグロを入れてみました。わたしも怖いから恐る恐るやってみたんですが、そしたら1年間生きていることがわかった。そのときは嬉しかったですよ。でも小さなマグロを200キロにするのには5年から7年ぐらいかかるわけです。これではエサ代ばかりかかって、ビジネスとしてはダメだなと思いました。

シマジ エサは主になにをやるんですか?

木村 サバ、イカ、イワシ、アジとか、マグロはなんでも喰っちゃう。じつはエビやカニも大好物です。

シマジ ああ、アイルランドのほうは甲殻類が豊富のようですね。

木村 そうです。アイルランド沖には甲殻類がいっぱいいるんです。

シマジ 甲殻類を食べているマグロは美味くなるんですか?

木村 美味くなるんです。マグロは本当に甲殻類を好んで食べるんですよ。そういうマグロは美味い。あんまり知られていないことですけど、実際そうなんです。

シマジ エサによってマグロの味が変るっていうのはよくわかります。すべての野生動物がそうですもんね。

木村 それから海水に含まれる塩によっても魚介の味はちがってくるんですよ。海の塩の味は海域によって全部ちがうんです。わたしは舐めたら世界のどの海の塩の味かだいたいわかります。

エビだってそうです。3年くらい毎日エビばかり食っていた時期があったので、目をつぶってひと口食べただけで、どこで捕れたエビか全部当てられます。イカもマグロも同じです。

ですからキッコーマンの醤油が塩を変えたときも、どこの塩かピタッと当てちゃった。これにはみんな驚いていましたね。

シマジ それは凄い! まさに黄金の舌ですね。

木村 わたしは舌の感覚だけは優れているんです。マグロの解体ショーで手を怪我して今はお休み中ですが、それまでは葉巻を毎日吸っていました。酒だって浴びるほど飲んでいるのに、ありがたいことに、舌だけはちゃんとしているんです。

シマジ それは両親からもらった貴重な財産ですね。

木村 その通りです。ですから両親には感謝していますよ。

シマジ 木村社長にこうしてお目にかかる前に、じつは「すしざんまい」に行ってきました。

木村 そうでしたか、それはありがとうございます。どちらの店ですか。

シマジ 帝国ホテルの先のところにあるガード下の「すしざんまい」です。

木村 ああ、有楽町店。味はどうでしたか。

シマジ 男2人で嫌というほど食べて5000円ちょっとでした。あの値段は革命的ですね。しかも美味かった。ビックリしたのは、よく脂がのった大トロがたったの398円(税別)だったことです。しかもお店は24時間休みなくやっているんですね。24時間営業っていうのは凄いアイデアです。あのロジスティックは自衛隊で覚えた技ですか。

木村 はじめは残業ナシの8時間勤務、4交代制で回していたんですが、あるとき「社長、あと2時間やらせてください」と従業員のほうから要求が出ましてね。8時間勤務で週休2日制にしたら、空いた時間にみんなパチンコに行ってお給料を使っちゃうんです。ですからいまは10時間勤務の3交代制で24時間回しています。

シマジ はっはっは。面白い裏話ですね。

〈⇒第2回

木村清 (きむら・きよし) 株式会社喜代村代表取締役社長
1952年、千葉県東葛飾郡生まれ。中学卒業後、F-104のパイロットに憧れ、15歳で航空自衛隊入隊。18歳で大検を受け、航空操縦学生になる資格を得るも交通事故で目を負傷、パイロットの夢を断念し退官。司法試験をめざし中央大学法学部(通信教育課程)に入学。在学中に大洋漁業(現・マルハニチロ)の子会社、新洋商事に勤務。78年、喜代村の前身にあたる木村商店を創業。魚介類の仕入れ・卸売り・養殖、弁当販売、移動式カラオケ、レンタルビデオ、屋台村など、90種もの事業を手掛ける。85年、喜代村設立。01年4月、築地場外に日本初となる年中無休24時間営業の寿司店「すしざんまい本店」を開店し現在に至る。著書に『マグロ大王 木村清』がある。
島地勝彦 (しまじ・かつひこ) 1941年、東京都生まれ。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任した。現在は、エッセイスト兼バーマンとして活躍中。『甘い生活』『乗り移り人生相談』『知る悲しみ』(いずれも講談社)『バーカウンターは人生の勉強机である』(阪急コミュニケーションズ)『お洒落極道』(小学館)など著書多数。Webで「乗り移り人生相談」「Treatment & Grooming At Shimaji Salon」「Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji」を連載中。最新刊は『蘇生版 水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負

著者: 開高健、島地勝彦
蘇生版 水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負
(CCCメディアハウス、税込み2,160円)
1989年に刊行され、後に文庫化もされた「ジョーク対談集」の復刻版。序文をサントリークォータリー元編集長・谷浩志氏が執筆、連載当時の秘話を初めて明かす。

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